2013/12/29

2013年残すところ後3日

今年の1年も、やってみたいことがたくさんできて、
充実した1年だったな~と、しみじみ思う。

仕事は転職続きで結構ホネだった。
幸か不幸か、いろんな職場でいろんな人に会った。
流れに身を任せてみたら、こうなった、てな感じだった。

年の瀬に、ブログを書く余裕があるってことで、
いい感じで流れているように思う。

来年の2月から、また、新たな職場になる。
どうなることでしょうね?

何が起こるかはわからないもので、
前もって心配していることは、実際になってみると、
そう困らないもんだ、という実感がある。

来年も、心のおもむくままに、
行けるとこまで流れてみようと思います。

みなさま、よいお年を。

2013/12/23

何が起こるかわからない!

おととい、急に、矢が花に変わる、のチラシを見たと言って、
一緒に働きませんか?と誘ってくれた人々がいた。

そういう仕事をできたらいいな、と思ってたことを、
試してみられそうな場所で、しかもしかも、
出たい研修があるんだったら、、
そっちを優先して、どうぞ有給使って休んでください、
などと言ってくれた。

ワナ?

あまりにも、おいしそうな話なので、つい疑ってしまう。

入りたての人は、長く働いてる人に、
有給は譲るものなんですけどね~

とか、

5日間も休みをとれるのは、年末年始か、冠婚葬祭だけですよ、

と、言われるのが相場ってもんだ、と思ってた。

来てくれと言われると、
私は、そんなに素直にはいはいと、言われたことをするような人じゃないし、
なんか違うと思ったら、言うか辞めるかしたくなるし、
納得のいかない研修には、出たくないし、
決して使い勝手のよい人間ではないと思いますよ、

と言いたくなってしまう。

というか。

そんなことを言ってしまった。

そうしたら、違うなと思ったことがあったら、言ってくれたら、
そこから、みんなで考えるきっかけになるんじゃないですか?
と。

あ~そうですよね~と納得した。

前回の転職で、痛い目をみたし、
今の職場も、まあまあ目をつぶれば楽しいし、
しばらく転職は控えておこう、
と思っていた矢先に。
まだ、今回転職して7カ月。

地に足をつけて、せめて1年は働こう、と思っていたのに、
今のタイミングで、なんと、また転職って、
そんなことをして、いいのかな?、と思ったけど。


つい、何日か前、テレビで見た。
ひょんなことから太陽ができて、
ひょんなことから、その周りを回る星ができた。
金星の表面温度は、200℃だか、400℃
火星の表面温度は、マイナス200℃だか、マイナス400℃
地球の表面温度は、まさかの16℃で、
奇跡的に水が蒸発しなかった。
それも、ひょんなことらしい。
もし恐竜が絶滅してなかったら、
人間は生まれなかったかもしれないらしい。

ひょんなことは、いつ、どこで起こるかわからない。
今の生活がずっと続くってことは、ありえない。
しかも、足をつけている地も、ぐらぐらしてるもので、
確実にいつまでもあるもの、とも限らない。
と思ったら、生きていること自体が、
一か八かの大きなゲームのような感覚に思えた。

ほいほいと、おいしい話にのっかってみるのも、
いいのかもな、と思ったりしながら、
まだ、ドキドキしてる。

2013/12/08

矢が花にかわる に参加してみて。

目の前がすっきりした感じがある。
あんなにイライラすることが多かったのに、
何があっても自分がイライラしそうな感じもしないし、
イライラしても一瞬で忘れてしまえそうな感じがする。

という感覚も徐々に忘れていくとは思いますが。

東京での5日間も、盛岡での半日も、
今までにない感覚を味わえた経験だった。

これは本当にお勧めな研修なのだけど、
いったい何が起こっていたのか、
何がお勧めなのか、
うまく伝えられないのが、もどかしい。

今確信をもって思っていることは、

「痛み」は知るより感じる方が体に優しい
ということ、

「痛み」が自分のものか他人のものかって区別できないもんなんだな〜
ということ、

「痛み」を感じると悲しいけど悲しみ以上の温かさを感じることもできる
ということ。

「苦しみ」をこれ以上生み出さない「間」を努力すれば自分で造り出せる
ということ。

「苦しみ」を造り出してしまっても、それに気が付いたら謝ればいい
ということ。

それと、それと。

それと。

盛岡の冷麺はおいしいし、わんこそばは楽しい

ということ。


ざっくり感想を言うと。
この10日間、めちゃくちゃ楽しかったです。

2013/11/24

IPS(意図的なピアサポート)鹿児島での3日間の感想

1日目は、ドラムセッション。
悲しい、平安、怒りなどの自分の感情を、
みんなで一斉に、太鼓をたたくことで表現したり、
2人組になって、外の自分と内の自分を、お互いに音で表現して伝えあう、
ということをした。

たとえば、「悲しい」って感情を、何分も感じながら、
ずっとたたき続けるのは、すごく難しかった。
怒りもそう。
たとえ、怒りを感じても、その怒りを何分も何時間も、
感じ続けるのは難しいもんなんだなというのを、実感した。

あと、内の自分と、外の自分を音で伝えあっているうちに、
最初は、内の自分と外の自分を、はっきりと区別して、
音で表現してたはずなのに、だんだん音での会話を続けてくと、
内だか、外だか、わからなくなってくる感覚が面白かった。

2日目、3日目は、いろんな場面での会話で、
その時に、自分が瞬時にどう感じているか、
というとこに、意識を向けることを、何度も試した。

ドラムセッションでは、人の音を聞くより、
音楽にまつわる過去の人々との楽しくなかった会話が、
ぐるぐると頭の中でよみがえってきたり、
社会のひずみの話が出たときには、
やっぱり以前の職場でのことをいろいろと思いだして、イライラしたり、
「今」の音や会話に集中できないなと思う時間もあった。

そういうことも、ああ、自分は今、そういうことを感じているんだな、
と思ってみることを心がけてみる、ということも試せた。
自分がザワザワした時は、無理にしゃべらなくてよくて、
黙っていてもいいと思えるのが、すごく居心地がよかった。
ゆったりした時間を過ごせたように思う。

ザワザワした時は、言葉の矢を放たれたと感じることが、
すごく増えるものなんだな~ってことも思った。
普段は、イラッとしたときに、ばばばばと話をしてしまうことが、
圧倒的に多いのだけど。
それって、もったいない会話をしてたな~と思った。
その時の気持ちを口にすると、かえって怒りは消えにくくなる。
自分の怒りの言葉が、またさらに、自分の怒りに火をつけることもあるし、
怒りの言葉に怒りの返事が返ってきて、新たな怒りを生む時もある。

会話なので、お互いさまってことで、
いろんな会話を試してみられる機会になってて、
「そういう時って、こういうこと言っちゃいますよね~」
って、大爆笑しながら練習できたのもおもしろかった。

3日間があっという間だった。

2013/10/31

40年近く病院で暮らすって?

20歳の時に、すごく驚いたことがあった。
当時、私は大学2年生だった。
夏休みになり、いつものごとく福井県小浜市の実家に帰省した。
兄や姉は、実家を出ていたので、家には両親だけがいるはずだった。

だけど、なんだか、家の様子がいつもと違った。

その日帰ると、今まで会ったことのない、おばあさんが家の中にいた。
お客さんが多くくる家ではなかったので驚いた。
母親とそっくりだったので、親戚かもしれないな、と思った。

ふんわりした優しい口調で、「こんにちは」と言われたので、
私もつられて、「こんにちは」と返した。
そして、キティーちゃんのハンカチをくれた。
玄関に『里枝』とマジックで大きく書かれた、
小学校で履くような上履きが置いてあったので、
そのおばあさんは、里枝さんというんだな、と思った。

母は、いつもより、ピリピリしていた。
父が何気なくいつものように言った冗談に、
「お姉さんの悪口、言わんといてな」と母は怒っていた。
今まで誰にも言えなかったことを、父にぶつけているようだった。

両親は、その里枝さんについては何も言わないまま、一晩過ごした。
翌日になると、里枝さんは両親とどこかに出かけて行き、
里枝さんは、もううちには、帰ってこなかった。

帰ってきた母は、急に里枝さんのことを話始めた。

里枝さんは母の姉で、25歳くらいまでは小浜市内に住んでいて、
警察で事務の仕事をしていたらしかったこと。
25歳くらいの時に何かがあり、舞鶴の方にある病院に入院したこと。
ずっと病院にいたが、65歳近くなるので、
小浜市内の老人ホームに入れば、他の人に変に思われずに、
小浜に戻ることができるから、老人ホームの見学に行ってきた、ということ。

なんじゃそりゃ?と思った。
母に姉がいる、というのも、初めて聞いたことだった。

なんで、そんなに長く入院してる?優しそうな人やね?
と聞いたら、
母は首をかしげて、ちょっと考えて、
「20歳の子に、キティーちゃんのハンカチは、ちょっとずれとるんかな?」
と誰かに質問するように言い、さらにこんな話をしていた。

里枝さんが25歳の時のことを、みんなが覚えてるから、
なかなか小浜へ戻りにくく、「そういう姉」がいると知られると、
母自身が結婚できないかもしれないと周りの人に心配されたこと。
でも父は、里枝さんのことを知っていて、母と結婚したこと。
あんなに頭の良かった姉が、どうして病院に入ってしまって、
今、こういう状況になっているのか、理解できないような感じもあった。

小さいころから、口癖のように母がよく言っていた言葉
「そんなことすると、変やと思われるよ」
そう言っていた理由が、少しわかった気がした。

私の兄姉も、里枝さんと会ったことはないらしく、
里枝さんの話をしたこともないらしかった。
私の帰省と、里枝さんの帰省が重なったのは偶然で、
日程をずらそうかと思ったけど、なんとなく、
まあ大丈夫かな、と思った、と言っていた。

里枝さんは、40年近くも病院にいる必要があったのだろうか?

それからまもなく、里枝さんは、小浜市内の老人ホームに入り、
私はたまに帰省すると、父と老人ホームに一緒に面会に行った。
父は、すごく楽しそうに老人ホームに行っていた。
1週間に1回くらいのペースで、差し入れを持って行っていたらしかった。
里枝さんのために、何かしたいとずっと思っていたのが、ようやくできた、
という感じだったのかもしれない。

大学を卒業して、私は偶然、精神科のケースワーカーとして働くようになった。
そこで初めて、里枝さんが入院していたのは、精神科だったんだと思った。
そして、里枝さんと同じような人がたくさんいることを知った。
うちの家だけだと思っていたので、驚いた。
長い人では50年近く、精神科に入院している人もいた。
このようなことが、全国各地で起きているということも知って驚いた。
たくさんの人が不幸になっているように感じた。

何とかしたい、と思ったものの、あまりにも根が深いように思い愕然としたし、
結局何もできないのだろうかと思い転職したり諦めたりしてきた。
けど今は、自分でやれることだけ、やってみればいいか、と思う。

いろいろと、偶然知ってしまったことではあるけど、
少しでも、なにかできたらいいな、と思う。

2013/10/21

言葉になっていない感情を言葉にして縛る怖さ

人の話を聞いて、ああ自分もそう思うな、と思うことがある。
うんうん、自分もそう思うと、自分の気持ちの整理ができて、
新たな発見ができてスッキリする。

ふと、同じスッキリでも、自分の内から出てくる言葉を待たなくても、
一瞬はスッキリできる落とし穴があるように思った。

たとえば、言葉にならないたくさんの自分の感情がある時、
人から「あなたはこういうタイプの人だね」とか
「単なるわがままだね」とか
「それはこういうことで、こういう病名ですね」などと断定されたとすると、
わからないものが分かった気になって、
一瞬はスッキリした感覚が味わえるのかもしれない。

怖いのは、本当に自分の中から湧き出た言葉でなくても、
はっきり言われることで自分はこうだ、
思うようになるのかもしれない。
それを自分で吟味しないでいるうちに何が起こるか。
自分の枠を自分で作っていくことになるのではないか。

やってもない犯罪の取り調べを受けるうちに、
自分が犯人だと錯覚を起こすように。

言葉にならない自分の感情の中に居続けるのは、
あまり気持ちのいいものではないのかもしれない。

自分の目の前にいる人が、言葉にならない感情のうずの中にいると、
こっちまで不安になって「それはこうだ」と言いたくなるのかもしれない。

人から言われたことが自分の中から出てくる言葉と同じこともある
違うこともある。

自分が感じて出てくる言葉やら、自分の声を、
じっくり吟味できる時間って大切だなと思った。

あなたの感情はこうだ、あなたの気持ちはこうだと、
誰かが誰かを断定することも、されることなく、
誰もが自分のことを吟味できる。

WRAPクラスっていうのは、そういう空間だから、
終わった後に晴れやかな気持ちになるのかなと思った。

今回、福井でのWRAP2日間は、
進行するという役割を邪魔だと感じることもなく、
参加して輪の中に入っている感覚もずっとあって、
とても楽しかった。
ファシリテートをすることも楽しい、
これは、新しい発見だった。

昨日、福井からの帰り際に、福井駅で買った
八百比丘尼の椿がカギになっている、西村京太郎の本を読みながら、
今日は、つらつらと、そんなことを考えた。


2013/10/01

天国と地獄の違い

急に思い出した。

天国と地獄の違い、という話を、
たしか小学校の頃に、誰かから聞いた。

天国にも、地獄にも、同じように、おいしい食べ物はたくさんある。

天国にいる人は、みんなおなかいっぱいで、
みんなコロコロと太っている。
だけど、地獄にいる人は、みんなガリガリで、
いつもお腹をすかせている。

天国にも、地獄にも、同じ「おはし」がある。
その「おはし」は、すごく長ーいおはし。

地獄の人は、その長ーいおはしを使って、
自分で食べ物を食べようとするが、はしが長すぎて口に入らない。
おいしい食べ物があっても、誰もそれを食べることができない。

天国の人は、その長ーいおはしを使って、
他の人に食べ物を食べさせてあげた。
お腹が減った時も、誰かが食べさせてくれる。
なので、お腹が減っても何も心配はない。

天国と地獄の違いは、それだけのこと。


いつどこで聞いたかは、あんまり覚えてないけど、
なぜか、印象に残っている話。

毎月行っている勉強会に昨日も行っていた。
まさに、この天国だなと思った。

2013/09/23

最近のお気に入り

少し涼しくなって、ようやく体が目覚めてきた感覚。
今年の夏は暑かった~。
夏の疲れと、突然の職場の異動で疲れている時に、
なんとなく入った本屋で、なんとなく手に取った本。

「心が冴えわたる論語」

孔子が言ったことをまとめたのが、論語なんだ~。
かつて学校で習ったような気もするけど、すっかり覚えてない!
字も少なめだったので、あっと言う間に読めた。
しかも、なんと爽快な気分!

孔子という人は、人間関係や、一つ一つのことを、
すごく丁寧に考えて生きてきた人なんだな~と思った。

その中から、今の私にすごく響いたのを一つご紹介します。


辞は達するのみ~言葉は意味を伝えることが大切~

たくさんの言葉を費やせば、それだけ気持ちが通じるでしょうか?
ほとんどの人が、違う、と答えるはずです。
それでも私たちは、たくさんの言葉を重ねてしまいます。
まるで、言葉をたくさん積めば、
相手の心の壁を越えることができるかのように。

ところが、言葉は増えれば増えるだけ、意味を失い、
飾りとなり、大切なものを隠してしまいます。
言葉は本当に伝えたいことを伝えるためだけに。
多すぎず、少なすぎず。
それに気をつければ、気持ちはすっと伝わります。

『心が冴えわたる論語』 リベラル社 より抜粋


疲れている時は、言葉の多さに圧倒される。
本屋で、本の表紙の文字を見るだけでも疲れを感じる時もある。
そんな時は、私はどうして言葉や字が苦手なんだろう・・・
と思ってしまいがちなのだけど、
この文章を読んで、スッーっとした感覚があった。


あっ!
本の中に、知ったことはすぐに伝えたくなるけど、
その本質を考えて、しっかり・・・してから・・・伝えるといい、
って書いてあった。たぶん。
えええ~っと。
何をしてから伝えるんだっけ? 忘れた。

もう1回読むか。

2013/09/15

占い

新島出身の元同僚のおかげで、
数名で昨日から新島に行くはずだった。
だけど、台風がちょうど来てしまい、昨晩は残念飲み会、
今日は、せっかくなのでと、大江戸温泉に行ってきた。

温泉は広くて、中にいろんなお店もあって、占いもあり、
占いをしてみよう!、という話で盛り上がり始めた。
どうしようかなと思った。
どうせ適当なことを言われるだけなんだろうし、
それにお金を払うのはもったいないかな・・・と思った。

というのも。

母が小さい時から行っていたという神社での占いに凝っていて、
私も、兄や姉も、小さい頃から何かの節目には、
京都の神社まで占いをしてもらいに行っていた。
母は、一応聞いておくと安心できるらしかった。
名前と生年月日を伝えるだけで占ってくれる。
もちろんお金もかかる。
小さい頃のことは、覚えていないけど、一つ記憶にあるのは、
高校3年生になって、来年には実家を離れるという頃に、
占ってもらった時の事。

兄や姉は、東が良い、とか、西の方がよいとか、
具体的に言われたというのを聞いていたので、
そんなの当たるわけない、と思いながらも、
どっちの方角が自分に向いてると言われるんだろうと、ちょっと期待していた。
そしたら、結果は、
「あなたは、どの方角に行っても大丈夫。どこの水にも合います。」って。
拍子抜けした。

言ってた神主も、母親もなぜか大笑い。
お金払って笑われるって、なんだか失礼極まりない。

それ以降、私がどこに行きたいと言っても、
いいよいいよ、と、母は、何も心配してない様子だった。
そんなこんなで、占いとはいい加減なもんだな、と思ってきた。
ただ、母親が心配のあまり、私のしたいことにストップをかける、
ってことが全くなくなったのは、ありがたいことではあった。


そんな思い出話をしながら、結局占いをしに行くことになり、
私が1番に占ってもらうことになった。
特別セールで、生まれた日と時間での全体運に加えて、
手相も一緒に占ってもらえるってことで、
手を出した瞬間に言われたのが、
「あなたは、どこでもやっていけますね。」
隣で聞いていた友達は・・・大笑い。

そして、財運線がないらしい。
それは、ああ、やっぱりね、という感じだった。
お金には困らないけど、入った分だけ出ていってしまうだけですよ、
と言われた。

結局30分くらい、いろいろなことを話をしてくれて、
これが意外に面白かった。
さらに知ってる人が占ってもらってるのを聞くのは、
好き勝手にちゃちゃを入れられるので、もっとおもしろかった。
そして、18時になると、他の占い師に交代になるという話も、
おお、占い師もローテーションなのねと、親近感が湧いた。

本当に生まれた日で決まった運命ってものがあるのか、
手の出し方とか仕草とかで見極めているのか、
占いってのは、根拠があるかないかわからないけど、
ああ、時期が悪かったのね、と、妙に納得したこともあり、
へ~と思うこともあり。

自分の納得のいかない結果を言われた友達は、
他の人にも占ってもらいに行きたい、と言っていた。
占いはしてもらうものの、自分がこうしたいと思う答えは、
やっぱり、もう、自分の手のうちにあるんだな、
と、まあ、そんなもんだよな思った。


2013/08/15

念願の講演会・ワークショップのお知らせです

ついに2013年11月末に、講演会と5日間のワークショップを開催できることになりました。
ipstky@gmail.com までメールをいただければ、お知らせチラシをPDFファイルにてお送りします。お気軽にお問合わせいただけますと嬉しいです

~以下、チラシの内容です~

『矢が花にかわる』こころの交流 講演会・ワークショップのご案内
案内役:スティーブン・ポクリントン氏(通訳、久野恵理氏、宮本有紀氏)

【講演会】
2013年11月29日(金) 18:30~20:30  受付開始18:00~
参加費:当日参加 2,500円
    事前申込 2,000円(前日まで)
会 場:東京大学医学部2号館本館 (医学部2号館1F小講堂)
※事前申込は下記メールまで参加される方のお名前をお知らせください。

【5日間ワークショップ】
2013年11/30(土)~12/4(水)9:30~17:30  初日受付:9:15~ 最終日は16:00で終了。
参加費: 1日 :10,000円(初日のみ)
     2日間:20,000円(土日のみ)
     5日間:40,000円(全日)
※参加費は、講師料・通訳代・備品代として使用させていただく予定です。お支払いが難しい場合はご相談ください。
会 場:東京大学医学部3号館 (所在地:東京都文京区本郷7-3-1)
定 員: 20名・土日のみ30名(先着順)
※申込みは下記メールアドレスまでお願いします。定員になり次第しめ切りとさせていただきます。5日間の参加が難しい方もお気軽にご相談ください。

申込み・問い合わせ:ipstky@gmail.com(宮本・尾川)
○講演会は参加者氏名のみ、5日間ワークショップは氏名および連絡可能なメールアドレスを添えて上記メールまでお申し込みください。いずれも参加費は当日にいただきます。
○5日間ワークショップに参加される方は講演会が無料となります。申込みの際に講演会参加の有無も合わせてお知らせいただけますと助かります。
○5日間ワークショップにご参加のみなさまには後日詳細をお知らせ致します。

『矢が花にかわる』こころの交流
「いい詩には、ひとの心を解き放ってくれる力があります。いい詩はまた、生きとし生けるものへの、いとおしみの感情をやさしく誘いだしてもくれます。」(茨木のり子
『詩のこころを読む』ページ iii)

私たちは、この『いい詩』にたとえられるような、人と人とのこころの交流が広がることを願い、講演会とワークショップを企画しました。『いとおしみの感情』は、苦しみが少しでも和らぎ、喜びや幸せを感じる瞬間の訪れを願う、生きとし生けるものへの慈しみの気持ちにも通じるでしょう。人は本来、つながりの中で生きていて、いとおしみや慈しみに根ざした交流によって関係がつむがれているはずなのに、普段の生活の中では、自分自身や人に対して、こころを閉ざすような在り方でいることも、少なくはありません。

今、あなたには、日々の生活の中で、仕事の中で、周りの人とのつながりがどう感じられるでしょうか?もし、つながりが断たれているように感じるとしたら、特に、そこに暴力が介在するとしたら、私たちの多くがそうであるように、あなたも傷つき、おびえ、こころを閉ざした『対応』をしているかもしれません。自分に矢を放たれたように感じる言葉や姿勢に接すると、お互いのこころの奥底にある真実の声を聞くことが、ますます難しくなっているのではないでしょうか。

もし、そこにある自分の傷つきやすさや恐れの根元にしっかりと目を向け、受け止め、そこに現れる世界にこころを開くことができたら、相手の人の姿はどんなふうに見えてくるでしょうか?その人の痛みや苦しみにこころを開くことができるかもしれません。そして自分と人への慈しみの気持ちに根ざした、『矢が花にかわる』スペースを開くことができるでしょう。そうしてはじめて、お互いの真実の声を表現し、響き合わせる可能性が生まれるのではないでしょうか。

この講演会とワークショップでは、人に本来備わっている、慈しみの気持ちの土壌を耕し、慈しみに根ざした、こころの出会いと交流のあり方を、ともに学び、試してみます。案内役のスティーブン・ポクリントン氏は、ジェントルティーチングを学び、通常のコミュニケーションを通してはつながりを作りにくい状況で関係を築く実践を行ってきました。また、ポクリントン氏は日本におけるWRAPの活動に関わり、2007年以来10回近く来日しています。長年にわたる瞑想の実践者でもあります。

講演会ではポクリントン氏の経験を交え、新たな出会いの可能性が見出されるような対話の時間を持ちたいと考えています。5日間ワークショップでは、さらに実践的に、慈しみの気持ちに基づく交流を感覚的に理解する対話と、それを試みる演習を用意しています。ワークショップの初日から1日あるいは2日間(週末)のみの参加も歓迎します。
経験や職種は問いません。『矢が花にかわる』ような、こころのあり方と交流に関心をお持ちの方々のご参加を、こころよりお待ちしています。

2013/08/09

冷凍バナナ

今年の夏は暑い。
と、毎年言っている気もする。
けれど。
冷房をつけっぱなしの部屋の中で、
バナナが驚異的な速さで黒くなっているのを見ると、
やっぱ暑いよな~と思う。

小学生の頃、黒くなってきたバナナをラップに包んで、
冷凍して食べるのが楽しかった時期があった。
久しぶりに思いだして、冷凍して食べてみたら、おいしかった。

そうそう。思い出した。
小学生の頃に、家の冷蔵庫が新しくなって、
ちゃんと冷凍ができるようになったのをいいことに、
なんでも凍らせて楽しんでいたのは、父だった。

バナナを始め、スイカ、くずまんじゅうも。
バナナはよかったけど、スイカは固いだけで甘くなくておいしくなかったし、
くずまんじゅうに至ってはパッサパサで、
あまりのまずさに、甘いものが大好きな母が怒り始めたくらいだった。
氷を出そうとしたら、氷が全部薄茶色になってて、なんじゃこりゃと思ったら、
父がだし汁を製氷機に入れて凍らしてたってこともあった。
その出汁で冷やし中華のようなものを作ってくれた。

またまた思い出した。
料理が好きだった父は、時々変わったものを作ってた。
ご飯に紅茶をかけたらどんな味になるかな、
焼いたニンニクに牛乳を入れて煮たらおいしんじゃないかな、
つぶやいた瞬間に、もう準備に取り掛かっている。
砂糖入りの紅茶をかけたご飯は、意外においしかった記憶があるけど、
他の創作料理は、あんまりおいしかった記憶が無い。

一度、デジタル時計を分解したらどうなるかな、
と言った瞬間に、ねじまわしを持っていた時があって、
戻らなくなったらどうするの?とみんなが心配する中、
みるみる時計をバラバラにしたことがあった。
大丈夫大丈夫、元に戻せばいいから、と言っていたのに、
全部きれいに分解してバラバラになった部品が山になったまま、1週間。
いつ戻すの?と聞いたら、
「こんなもん、戻せるか!」となぜか怒ってたこともあった。

やろうと思ったことは、とりあえずやってみる父は、
まあ、たいがい失敗しているように見えたけど、
楽しそうでもあった。

2013/07/23

なまはげ

今日は朝から、なまはげについて調べた。
昔鬼が来て悪さをして困って、ウソをついて追い払った住民が、
自分たちのために働いてくれた鬼に悪かったなと思って、
その鬼たちに捧げた祭りが、なまはげの風習として残っているらしい。(私の解釈だと)
今でも、五社堂という所に、鬼が祭られているらしい。
五社堂に行ってみたくなってきた。

なんで、なまはげのことを朝から調べてたかと言うと。

学童クラブで、とてつもなく私に向いてない仕事が回ってきた。
向いてないというより、やる気のしない仕事。

都道府県の名物を盛り込んだスゴロクを作る、ということになり、
各都道府県1枚ずつのカードを作り、名物の写真を見つけて貼る、
しかも、その名物に関連した物件を書く、という仕事。
写真は、旅行のパンフレットや、チラシから探す。
お茶が有名ならお茶屋、東京ならスカイツリー、ももが有名ならもも園、
そんな感じ。それが都道府県全部って・・・。
無理でしょ。
そもそも、こんなの作る必要あるの?
と思ったけど。
全部カードを切って用意してくれて、あとは内容を書くのをお願い、
と言われて・・・職権乱用だ~~~と、気が遠くなったけど、
やるしかない状況になった。

何人かで作り始めて、写真がうまくみつかったのは、さっさと終わったものの、
どうにもこうにも写真がみつからないものは、なかなか終わらない。

きりたんぽは・・・何県だっけ?
ああ宮城か、でもきりたんぽの写真がない、
そもそも、きりたんぽってなんだ?
まあいいや、きりたんぽ以外の名物ってなんだ?
ああ、七夕祭なんだ。
・・・七夕の写真・・・みつからない。。。。
ふう~。
ああ、帰りたい。。。
と、昨日、そんな風になっていた。

残ってしまった都道府県カード15枚ほどを前に、
ペラペラ旅行パンフをめくっていたら、
ひとしきり校庭で遊んで汗だくになった子どもが何人か、
「何やってるの~?」と無邪気にやってきた。
説明すると、「手伝う~~~」と言う。
ああ、きたきた、手伝うって言っても飽きたら放り出すくせに。
しかも、こんな面倒なこと、つまんないのとか言ってどっかに行くだろうな。
と思ったけど、一人でやっているのもつまらなかったので、
これを探して見つけたら貼って、できたらチェックして、と説明した。

また、取り合いになってケンカするんじゃないかな、と思っていたら意外や意外、
じゃあ、私これやる、僕これやる、とケンカにもならずに分担が決まって、
なんと、仕事がはかどり始めた。

やりはじめると、飽きた子は離れていき、
また新たに集まってきて、なんと順調に進んでいた。
2年生の女の子で「こういうの得意だから」と言って来た子は、
私が面倒だな・・・と思っていたことを、さっさとし始めた。
出来たカードを全部チェックをしてくれて、
静岡も京都もお茶の写真が貼ってあって、かぶっているのを見つけてくれた。
どっちか変えた方がいいかな~?と聞いたら、
「後でね。全部出来てからでもいいんじゃない?」
残っているカードの方は、
「はい、無いなら次探す、写真があるのを貼ればいいんだからね」
なんて風に、私にも、周りの子にも伝えて、
他の子まで生き生きと、しかもテキパキと仕事をしていた。

いや~ほんとに得意なんだな~と思って、
手伝わないのに遊びに来た子と、ちょっとじゃれて遊んでいたら、
「何遊んでるの!私たちだけしかやってないじゃない!
私たちは6時で帰るんだからね、明日は手伝えないよ」と怒られる始末。
帰る時間まで計算して仕上げようとしてくれるなんて。

そうこうしているうちに、あっという間に仕上がって行って、
6時少し前には、残りが4枚になった。
4枚なら何とかなる。
「本当にありがとう、一人じゃ出来なかったよ」
とお礼を言ったら、
「まだ残ってるんだからね、もう明日には完成させられるでしょ」
・・・上司より厳しい、とは思ったけど、本当にありがたかった。
しかも、すごく楽しかった。
なんだか、やる気になってきた。
あの子が大きくなって会社を作ったら、雇ってくれないかな~。

残ったカードの都道府県は、滋賀、奈良、宮城、秋田。
そして、かぶっていた貼り直しカードの京都。
もう、ここまでくればこっちのもの。
今週中に完成させられるから、ゆっくりやればいいや、と思ったけど、
今朝、思いのほか早起きしたので、写真をネットで探してみるか、
という気になった。

最後に残った秋田に苦労して、なまはげにまつわる物件を探していて、
五社堂をみつけた。

今日学童に行ったら写真を探してきたのを自慢しよう。
ついでに、なまはげの話もしよう。
なまはげの写真も、とびきりのをみつけた。
なまはげと抱っこされて泣いている子のツーショットの写真。
たぶん、あの子には「やるのは当たり前でしょ」と言われるけど、
そう言いながら、ちょっと嬉しそうにフッと笑うんだろうな~
なんてのを想像して、楽しみになってきた。

学童で働くのは、やっぱり楽しい。

2013/07/18

年齢ってなんだろう?と思ったこと

今日は、日舞を習いに行ってきた。
多くても月に3回くらい、2~3か月行かない時もありながらも、
なんだかんだと練習を続けて7~8年経った。

「スポーツジムに行くより安くて、思いっきり汗をかけるよ」と、
元同僚に誘われるがままに、ふらっと遊びに行って、
なんとなく通い始めたのが、きっかけだった。

格式ばっていたら日本舞踊は廃れるから、と、
入会金もなにもなく、ジャージで行ってもよくて、
行くと必ず「忙しいのに、よく来ましたね!」と声をかけてくれる先生。
「踊りに完成はないし、踊れば踊るほどうまくなるから一生勉強ね」
あははは!と笑いながら話されいた。

今日も練習の合間におしゃべりをしてた。
「相撲の行司さんって、かっこいいのよ。あの着物、高いのよ~。
4人くらい行司さんが変わるから、着物も4回違うのが見られて、
着物もステキだし、時間一杯の時の姿勢は特にかっこいいの。」
なんて話を聞きながら、行司さんをじっくり見たことなかったな、
おもしろそうだな~相撲今度見てみようと思ったりして。

そして今日は来る前に1時間半体操を習ってから来られたらしかった。
体操の内容は、片足で1分半立つのを交互にする、などなどだと。
片足で立つのを練習すると、転びにくくなるらしい。
「まあ、老化で体が衰えないための体操よね」って。

そして、79歳の時に仕事を辞めたのよ、と話をされていて、
あれ?先生って何歳なんだろうと思って聞いてみた。
つい最近80歳の誕生日を迎えたって。

ってことは、ってことは。

数年前に大きな発表会があって、先生の踊りを見終わってから、
楽屋に話しに行ったら、左腕にギブスをはめてたことがあった。
「え、いつの間に?どうしたんですか?」と聞いたら、
前日に階段から落ちて左腕を骨折した、と言われてた。
着物を着て踊ってたので、まったく気がつかなかったけど、
骨折した腕を動かさないような踊りに変えて、踊っていたらしかった。
「私っておっちょこちょいよね。驚いたわ~。」と言っておられた。
いやいやいや、驚いたのはこっちです!

それ以降、何か発表する前になると注意されることは、
『前日にケガをしないように気を付けること』になったのだけど。
あの骨折事件の時は、先生は70代後半だったってことか。

ひや~80歳って元気なんですね、と思った。

その骨折事件の時に見た踊りが、すばらしくかっこよくて、
今は、その曲の踊りを習っている。

「私が80歳まで踊れたんだから、あなたも80歳までがんばって」
と言われたら、今のまま続けてたら80歳になっても踊れるような気もしてきた。
「時々休んでもいいのよ。10年も休んだらダメかもしれないけど、
2~3か月休むくらいなら全く問題ないわ」と。

なんだか、踊りを続けていくのは楽しそうだな~と思った。

2013/07/14

手紙

手紙をもらうのは嬉しい。
けど子どもの頃ほどの感動はない。
手紙が来ると即座に、いつ返事を書く時間があるかなと考えている。

余裕がないと、あああ申し訳ない・・・という気持ちになって息苦しく思う時さえある。

昔は手紙がほしくて仕方なかった。


たしか幼稚園の頃、母に来る手紙や年賀状がうらやましくて、
どうやったら手紙がもらえるの?と母に聞いたことがあった。

母は手紙を出せばもらえるかもね、と言っていた。

誰に出したらいいか分からなかったので、
誰に出したらいいの?と母に聞いた。

出したいと思った人に出したらいいよ、
あんまり会わない人がいいんかな?と言われ、
いったい誰に出せばいいんだ!と思った。
文通という言葉を知ったのもその頃。


最初は年賀状からと、出せる相手にはせっせと年賀状を書いて練習した記憶がある。
当時一緒に暮らしてたクロネコにも年賀状を出した。

まだまだ『文通』に憧れていた小6のある時、
高校生になった姉が私の最初の文通相手を見つけてくれた。
姉の友達の妹が私と同じ年らしく、話をとりつけて、住所と名前を聞いてきてくれた時は飛び上がるほど嬉しかった。

そこから憧れの文通生活が始まった。
国語辞典の最後の方に手紙の書き方が載っていると聞いて、見ながら書いたりした。
形式は書いてあったけど、心がこもっていれば何でも書いていいと説明があったので、好きなことを書いてたように思う。

中学に入って渡辺美里のファンクラブに入ってからは、
通信の文通相手募集を見て、せっせと手紙を送った。
宿題もそこそこに多いときで7人と文通していた。

しかも当時流行っていた交換日記を3人としていて、ラジオを聞いては毎週ハガキを送ったりもしていて、楽しくてしょうがなかった。
今考えると、まったく知らない人によく手紙を書けたもんだな〜と、自分で感心してしまう。

手紙を書いても返事が返ってこないと出さなくなって文通相手は減っていった。
それでも、こまめに返事をくれる人もいて、
返事をもらうとまた手紙をせっせと書いた。
高校卒業頃まで文通が続いた人もいた。

いつの間にか顔を知った人にしか手紙を出さなくなった。
しかも、手紙を出すときは心を込めて書きたいと思うと、なかなか時間がとれないと思うようになってきた。

本当は年賀状も全部手書きで書きたいけど、印刷したものを使うようになった。
それでも一言は何か書きたいと思って書きだすと楽しいけど、書き始める前は面倒だなといつも思う。

手紙を書く時間があったら寝ていたいと思うことが断然増えた。

けどやっぱり手紙を書き始めると楽しい。

時々は手紙を書きたいなと思えるくらいの余裕を持ちたいな、と思う。

2013/06/22

2013/06/14

気がつけば、すぐ明日

今って5月だっけ?と思ったら、6月だった。
時間があっという間に過ぎていってる感じ。

最近あんまり書いてなかったなと思って、つらつら書きます。

それにしても穏やかに流れる時間は、
過ぎるのが早いような気がする。
あああ、転職してよかった~とじみじみ感じる。
指折りあと何日で退職・・・と数えてた4月が、
ほんの数カ月まえの事とは思えないほど、
遠い昔のように感じる。

今年は湿気のじめじめも、清々しく感じられるほどで、
たぶん、このままの穏やかな生活が続くと、
穏やかな日々が当たり前になって、
来年の今頃は、じめじめして嫌な季節だ・・・と思うかもな。
まあ、そんなもんでしょうね。

2013/05/13

とうみょうが!


失業中につき、節約生活中。

とうみょうって、豆苗って書くんでしたっけ?
98円と安かったので買って食べてみたら、すごくおいしくて、
しかも、水につけておけば、また伸びてきて食べられますと書いてあり、
水につけておいたら、4日くらいで、こんなに伸びてきた。(写真左)
すごい!!!

待ち切れずに、もう1株買ってきて食べて2株目も栽培始をはじめた。(写真右)

自分で辞めると言ったものの、仕事がないってのは、
社会からはじき出されたような気になるもんで、
こうやってゆったり過ごしてると、あんなに人が溢れていた駅とか、
満員電車のある世界と、ここは同じ世界なんだろうか、
なんてことを考えたりして、あれはウソだったんじゃないか、
なんてことを思ったりする。

忙しいと、コンビニの食べ物は命綱だったけど、
ご飯を炊いて、とうみょうを食べて、
そんなにお金をかけない方が、健康な食生活になるのかも、
と思ったり。

数日後に面接に行って、もしまた、仕事が始まると、
今度はあっという間に、今の静けさがウソのようになるんだろうな。

今のうちに大掃除でもすれば部屋もきれいになるのだろうけど、
う~ん、天気もいいし・・・散歩に行こうかな。

2013/05/06

ぽっかりじま

先月ひょんなことから、仙川というこじんまりした川沿いに、
ひっそりある神社と公園をみつけた。


何回もバスで通っている大通りを一本中に入ったとこに、
こんなに静かな場所があったんだ!と驚いた。

時間ができたら、ゆっくり散歩してみたいと思ってついに行ってきた。
家から休み休みゆっくり歩いて1時間くらいだった。

ゆっくりしようと思って行ったのに着いてしまうと、
座っていても何か落ち着かない。

公園の中に池があって『ぽっかりじま』って看板をみつけて
何枚も写真をとったりしている。

ゆっくりじっくり過ごすって何だったか忘れるくらい、
時間に負われる生活が続いていたな〜と、
ぼんやり思った。

2013/05/02

100まいえん

5ヶ月働いた児童館を、おとつい退職した。
ああ、また履歴書だけ長くなる・・・というデメリットはあるけど、
いろんな人と出会うのは、しみじみとした思い出になる。

ある日、字が得意ではない小2の女の子が、
「これあげる」と言って、小さい紙切れをくれた。
それには『100まいえん』と書かれていた。
「お給料だよ。100万円って書いてあるでしょ?」
と言われた瞬間に、わ~字が違ってる、どうしよう、と思った。
すでに、その子は、紙切れを何枚も持っていて、
おそらく全部、100まいえんと書いてあるんだろう・・・
きっとせっかく好意でくれているのに、字が違うと言ったら、
全部書き直すかもしれないし、がっかりするだろう・・・なんてことを、
あ、ありがとう・・と言いながら考えていたら、
その子は、他の人に100まいえんを配りに行った。

ああ、この先100まいえんで他の人に笑われたらかわいそうだ、
と思いながら、仕事に追われていたら、その後何回もその子が来て、
「お給料あげるから来て、ねえ来て」と言ってくる。
人の気もしらないで、のんきに100まいえんを配りやがって!と、
なんとなくイライラし始めて、200まいえんもらった所で、
もらったから、もういらないと冷たく言ってしまった。

帰ってから、冷たくして悪かったなと思い、翌日その子に謝りに行った。
その子は、また何枚もお金を作っている所で、
でも、ふっと見たら『100まんえん』と書いている。
その時に、しまったと思った。
100まいえんは、昨日しか見られないものだった。
小さい頃って、間違いを訂正され続ける毎日で、
これが正しいと大人が思う事を、毎日覚えさせられる日々だ。
何が書いてあるかじゃなくて、どうしてそれを作ったのか、
の方が大切だった、ということに、昨日は気がつかなかった。

私が「昨日はごめんね」と言ったら、
「いいよそんなの、それよりこれあげる」と言って、100まんえんをくれた。
どうしてくれるの?と聞いたら「お仕事がんばってるからね」

手作りの100まいえんが2枚と、100まんえん1枚、私の宝物になった。

面接も味わえるものかどうか?

久しぶりに、ブログをゆっくり書く、という気分になった。

ここ1カ月、面接を3回受けた。
結構たくさん受けたつもりだったけど、意外に行ってなかった。
働きながら転職先を探すってのは、かなり忙しいもんだな。

求人情報と、面接の印象もかなり違う。
「タトゥーの方はお断りしています」という珍しい一文が売りの?
学童クラブに昨日面接に行ってきたら、
面接官は、面接の途中で電話に何回も出て、
片手間に面接をされているようで悲しかった。

あんまり思ってもないことを言ってもな~と思って、
包み隠さずに話をしてみたら、
まあ、見事に、どんどん不採用になっていったので、
面接の道は続いている。

出戻りで、前の職場を受け直そうかな。

辞めてみて、他の職場をあたってみて思ったことは、
2つ前の仕事の条件は、すごく良かったんだな、ということ。
1回出るまではわからなかった。
今度もし再度採用されたら、文句を言わずに、
一生懸命働けそうな気がする。

2つ前の仕事の時は、面接も研修の時も、
どの人も対応が丁寧で、それが当たり前だと思ってたけど、
どこでも同じ、というわけではないらしい。
仕事内容が楽しければ、上の人なんて関係ないと思っていたけど、
大切にされているとは全く感じられない中で働き続けるのは、
すごく難しいんだと思った。

面接を味わうのは、相当難しい。
わ~ここで働きたい、と思う面接なんて、そう簡単にはないらしい。
なんとなく合う合わない、っていう、
自分の感覚を信じて進むしかなさそうだな、
って思った。

しかしまあ、世の中にはいろんな人がいるんだな、と思う。


2013/04/02

就職活動を味わえるかどうか?

急いで就職を探すと、ろくなことが無い。
今までは、雇ってくれる所なら、どこでもそう変わらないだろうと思っていたけど、
どうも、そうでもないようだ。
グチを言い始めたら止まらなくなりそうなのでやめておいて、とりあえず、
仕事に生活を奪われていく感覚を持たずに働けたらいいなと思う。

「求人情報を拝見しまして、お電話しました」と電話をすると、
いろいろな対応をされる。

また電話しますと言って、かかってこない所もあれば、
もう締め切ったのですけど、どちらにお住まいですか?と聞いてきて、
何か答えると、「ああ、それじゃあ、うちは無理ですね」と何か断る言葉を探している人、
もう決まってしまったのですけど、週1回の勤務じゃダメですよね?と、
潔く単刀直入に条件を提示してくる人、
今回は締め切ったけど、また求人があった時は連絡させてください、
もちろん就職活動はしていただいて、タイミングが合えば、
応募していただくのでいいのでと、連絡先まで聞いてくる人。

人事の担当も、いろんな事情があって大変なのかもしれないな、と思う。

今までは、急いで仕事を探すことが多かったので、
すぐに応募できない所は、「では結構です」とさっさと断ってしまっていた。
良く考えたら雇う方も、いろいろ話ができてから雇える方が安心なのだろうし、
そこから会話したり、見学したりして決めていく方法もあったんだよな~
と、思った。

求人の案内も、雇ってやるからこの条件に従えと言わんばかりの文章もあれば、
思いを大切にしています、思いやりのある方にきていただきたいと思います、
というような、気持ちを込めた文章だけ載っているものもある。

よくよく求人の案内をみると、仕事内容はざっとしか書いてなくても、
「残業はほとんどありません。家事と両立しやすいです」
なんていうことを、ばばーんと書いているものもあって、
大切にしていることが、違うんだな~とも思う。

電話の感じや行ってみた感じで、ああ、ここで一緒に働きたいなと思える所を、
じっくり探してみるのもいいかもしれないな。

職探しも、出会いの一つなのかもしれないな、
と思える余裕と貯金を残して転職できると、
就職活動も味わい深いものなのかもしれない。

ま、でも、生活が危うくなってきたら、
雇えるか雇えないか、はっきりしろ~と、
すぐに余裕のない就職活動に切り替わるのですけどね。
そう焦らないでいきたいものです。

2013/03/27

働くこと

働く力が出てこない時、何もかもうまくいかないような気がしてくる。

このまま何もせずに、ゆっくり寝ていたい。

2日間の休みを、何も考えずに、ゆっくりしたい。

と思うのに、体は求人案内を探しだすし、
頭は、お金の計算ばかりしている。

心無い言葉ばかり言う上司から離れたら、
また、働きたい気持ちは戻ってくるのだろうか?

疲れた時は何もしないのがよいのは分かっていても、
何もしないのは難しい。

2013/03/21

贈り物

いただいた大切な宝物を雑に扱われたり、
壊されたりすると、腹がたつ。

でもふと、その贈り物をくれた人は、
宝物を壊されたと怒っている私を見たらどう思うだろうか?
と思った。

悲しむかもしれない。

気持ちのこもった贈り物は、気持ちがこもっているが故に、
怒りの種になることもある。

気持ちのこもってない贈り物は、怒りの種にはならなくても、
もらっても困ることがある。

な〜んて考えてると、贈り物をもらうのも渡すのも、憂鬱になってくる。

やっぱり贈り物は食べ物がいいのかもな、と思ったりする。

2013/03/07

のんびりした日に、つらつらと。

今日は休みで、ゆっくりした。
都心への通勤、一生に1回くらいは体験してみてもいいか、
と思ったものの、やっぱり、相当疲れる。
満員電車で着いた先は、コンクリートで木が生える場所も決められて、
植木は、毎日美容院に行っているように、切りそろえられている。
することも、いる場所も、何もかも決められているような。
自分のできることも限定されているように感じることもある。
生きる力まで吸い取られていくように感じるときもある。
両脇をコンクリートで固められた川に、鳥がたくさんいる場所があって、
同僚の多くは、わざとそこを通って通勤して「癒される」と言う。

でも、そこで生活している人たちも、たくさんいる。
なので、そこに、仕事がある、のだけど。

したい仕事だったけど、そこまで疲れながら続けたいの?
と自分に聞いたりして。
満員電車の通勤を避けて、したくない仕事を選ぶのもちょっとな・・・
と思って自分で決めたんだったけど。
あああ、文句を言いたいけど、自分に言ってもねぇ。

今日は、何時に何をする、ってのが、何も決まってないので、
久しぶりに、しかも、昨日の夜からウキウキした。
こういう日は、だいたい朝早く目が覚める。

今日もやっぱり早起きして、
ゆっくり返信しようと思っていたメールの返信をして、
ほうじ茶をいれて飲んで、本を読んで、昼寝。
何も食べないまま夕方になって今に至る。
疲れが一気にどこかへ流れ出たようで、すっきりした。
すごくお腹が減ったら何か食べようと思ってはいるけど、
まだ、空腹が心地好い。
あああ、胃も疲れてるんだ。

明日も1日何もなかったら、手紙を書いたり、掃除もしたい。
職場で知り合ったピアノの先生に、連弾をしてみませんか?と誘われて、
楽譜までコピーしてくれたので、久しぶりにピアノの練習もしたくなってきた。
ああ、明日も1日何も予定がなかったらな~と思ってしまう。

仕事に出ると、体の疲れがとれた時に湧いてくる、
「したいな」と思ったことは、忘れてしまって、
時間を効率的に使うことと、
食べること睡眠時間を確保することに気が行ってしまう。
ああ、今のうちに食べておかないと後で困る、
何時の電車に乗る、何時までに○○をする、
ああ、もうお風呂に入らないと寝る時間が遅くなる、
すべてが、時間管理されているような気になる。

お腹が減らないように、食べられる時に、なるべくたくさん食べていると、
だんだん、胃が疲れてきているのもわかる。
けど、食欲だけは増していって、気が付くといろんなものを食べている。
食事もなにもかも時間に合わせていて、体に合わせていない。

3か月働いて、こういうことをしてみたい、という仕事も回ってくるようになった。
今まで、そんなにお金にならずにしていたことで、
給料がもらえるなんて、なんてお得なんだろう!とは思う。

でも、今の生活は、私の体には合っていないんだろうな、と思う。
急に白髪も増えた。

朝、お茶をゆっくり飲んで、それから仕事に行く。
休みの日には、したいな、と思うことをできるような、
体の余裕もある、そういう暮らしをしたいな、と思う。

新しいことを始めると、今していることはできなくなるかもしれない、
と、誰かが言っていたような気がする。
今の生活は、決して嫌で嫌でしょうがないわけではないけど、
もう少し、体に合わせた暮らしにしてもいいかな、と思う。
そしてきっと不便だけど自然の中で暮らしたい。

ある本に書いてあった。
作られた物はすぐに使えるけど、形を変えたい時には壊すしかない、
土や木や草は、使うために形を自分で変えるしかない。

鉄筋の立派な児童館は、設備も立派で、中の物を壊すと怒られる。
こうしたらおもしろそうだと思って子どもがすることは、
たいてい「遊び方が違う」と怒られるはめになる。
そんな児童館でも遊びに来る子どもはたくさんいる。
ちょっと外に出ると、オレオレ詐欺をバイト感覚で簡単に出来てしまう地域。
息苦しくても児童館に居た方がいいと思うのも、自然な流れかもしれない。

コンクリートの中でも、一番の最善は何か、と迫られるように考えて、
一生懸命生きている人たちもいるんだなと思うと、
自然の中で暮らしたい・・・なんていうのは、贅沢なのかなとも思う。

けれど。
せっかくなので、やりたいことは、何でもやってみたい。

もう少し、体に合わせた暮らしにするには、
たぶん、今の生活は激変するのだろうな。

また、転職を考えるのか私。
履歴書が長くなると、書くのが大変だな。。。
なんて考えている間に。
愛着が湧く前に転職するのがいいと思ったけど、ちょっと遅かった。
通勤に耐えられるうちは、続けてみるか。

2013/02/19

2番目が1番目にみえるかもしれないこと

自分の一番すきなことをしていい、これは、私にとってはすごく難しい。

幼稚園の頃、箱に入った折り紙のセットをもらったことがあった。
赤色が一番上に入っていて、わあ、きれいな色と思った。
もったいないから赤色は使わずに、
下に入っている他のきれいな色から少しずつ使っていた。

ある日、めずらしく幼稚園の友達が家に遊びに来た。
その折り紙のセットを出して、何色がすき?と聞いたら、
「赤がすき」と言ったか言わないかのうちに、
私が大切に残していた赤い折り紙だけを、ぱっぱと全部使って、
「他の遊びしよ」と言われた。

え、ええええ?と思った。
何かが衝撃的だったようで、今でも、その光景をよく覚えている。

私は、一番好きなものは、なかなか使えない。
かわいい紙石鹸も、ばんそうこうも、引き出しにしまって、
時々見るだけで、最後には、ボロボロになっていたし、
好きな色の色鉛筆も、残して、他の好きな色から使っていた。

赤は残しておいて、緑とか青をよく使った。
よく使っているもの、いつも持っているものの多くは、
自然と2番目にすきなものが多くなっているのだけど、
周りからみたら、1番すきに、みえるのかもしれないなと思う。

それを、一番すきなものを使えばいい、と言われると、
途端に、難しいなと感じてしまう。
一番大切なものは、汚れないようにしまっておいて、時々見るのがいい。


赤い折り紙を使われた日の夜、おそらく泣きやまない私に手を焼いた母は、
「赤い折り紙を買いに行こう」と、何度も言っていた気がする。
あ、そうか。
だから、はさみも、オルゴールも、ドライヤーも、
いっつも買ってきてくれるものは、どれもこれも赤色だったんだ。
親って、すごいな。

今思うと、私もその友達も、赤色の折り紙が好きなのは同じで、
私は使わずにみていたい、友達は使いたい、
その違いがはっきりしただけだった。
すきなものをたくさん使って、もっとほしいと駄々をこねる方が、
子どもらしくて、大人にはわかりやすかったのかもしれない。

もっと、すきな折り紙を使ったらいい、もっとすきな色鉛筆を使ったらいい、
もっとすきなノートを使ったらいい、と、よく言われたし、
今でも、肌触りのいいかわいいタオルを使えなかったりするけど、
私は見ているだけがいい。
もったいなくて使わないで持っていると、
きらいだった?と勘違いされることもあるけど、違う違う。

すきなことをしていい、は、私にとっては難しいけど、
したいことを選んでしていい、と言われたら、ワクワクする。

2013/02/06

名刺

職場で必ず言われること。

職場で知り合った人とは個人的に連絡をとってはいけない。

職場を変わっても、このルールだけはどこも同じ。

どうしてだろう。

みんなが判をおしたように言う組織のルールを聞くと、
ふわっと大切なことを忘れそうになるのが怖い。


職場の住所と連絡先が書かれた名刺を、
今まで何枚渡してきただろう。
移動したり転職したらゴミになっているだろう名刺。

7〜8年前に名刺を持ったことがないという人に、
仕事で出会ったことがある。

どうして名刺を持たないか聞いてみた。
どうしても連絡を取りたい人だと思われたら、
必死で連絡をとろうとしてくれて、
縁がつながっていく。
印象に残らなければ、それまで。
また連絡をとりたいと思ってもらえるように努力したいと思っているから、と。

その人とは1回しか会わなかったけど、今でもその話は覚えている。


また話したいと思える人との出会いは楽しい。
そういう出会いは大切にしたい。
っていう自分の気持ちも大切にしたい。

2013/01/27

においと音

今日は驚いた。

オニオンスープのおいしいファーストフードをみつけて、
今年の冬は、隙あらば食べに行っている。

今日も、絶好のチャンスだったので、仕事帰りにオニオンスープを飲んでいた。
そしたら、あろうことか薬品の味がして、いつもと味が違って、おいしくない。
あれ?なんだ?風邪でもひいたかな?と思ったら、
どうも、香水の香りが辺りに充満してるらしかった。
前に座っている女性が、シュッと香水をつけたようで、
ぷんぷん香水のにおいがする。

わ~やられた、と思った。
香水の香りは苦手。
その女性が帰っていく背中を見ながら、
「香水の匂いのしない私の空気を返してくれ!」
と、言いたくなった衝動を抑えて、
後ろ姿をにらむだけにして、
じっと耐えてしばらく待ったら、匂いは消えた。

私は味に敏感な方ではないと思ってたけど、
においだけで、こんなに味が変わってしまうことに驚いた。

そういえば、私は昔から、すごく苦手な匂いと、すごく苦手な音がある。

キツイ香水のにおい、
整髪料の油のにおい、
ガラスの戸棚が、カタカタとなる音、
ピアノの低くて大きい音、
トラックが道路を走る音、
打ち上げ花火の「ドカーン」という音

小さいころほどは気にならなくなったけど、今でも苦手だな。

何日もお風呂にはいっていないネコのにおいは、すきなのに、
キツイ香水のにおいは、全く慣れない。

でも、過去に2回、香水がいい香りだなと思った人に出会ったことがあった。
ふわっと、一瞬だけいい香りがして、さっと消えた。
それが香水の香りだとは気がつかなくて、
いい香りがしますね、と話して、香水だとわかった。
香水ってのは、使い方が難しいだけで、
うまくつかえば、いい香りなんだな~と思ったけど、
だいだい香水ってやつは、迷惑極まりない事の方が多い。

音もそうで、使い方によっては、身の毛のよだつ音になる。
ピアノが、時々恐ろしい楽器に見える時もある。
花火も遠巻きに見てたら、きれいで楽しいけど、
すぐ近くだと、楽しむどころではなくなってしまう。

においも音も、ほどほどの距離があって、
ちょうどいいな、と思う。

そして、お願いだから、飲食店で香水をつけ直すのだけはやめて~
と、誰に言ったらいいかわからないけど、お願いしたい。

2013/01/14

雪が降ってる。たぶん、初雪。だったかな?
しかも、結構な勢いで、道路も屋根も白くなりはじめた。
雪が降るのを家の中から見るのは、すき。

今日は祝日で、久しぶりに何もすることがない、外に出なくてもいい休日。
家の中から雪が降るのを眺めているだけ、という。
なんて、ゆったりした、幸せな時間なんだろう。
と思ったけど、窓を開けたら寒かったので、
すぐに閉めた。

去年の今頃は何をしてたんだろう、と思って、
1年前の1月のブログをみてみた。
お金のことを心配し、乾燥した気候にやられ、
あれやこれやと思ったことを書いている。
う~ん。
去年も今年も、そんな変わんないもんだな。

仕事も変わったし、年もとっているわけだし、いろいろ変わっているはずなのに、
去年と、何もそんなに変わってないようにも感じる。
不思議なもんだ。

ちょっと、昔のことを思い出した。
小さい頃、雪が降るのを見るのがすきだった。
いつも12月の終わりごろになると、雪が降り始めた。
部屋の窓ガラスは曇っていて、うまく外が見えず、
雪が降ってると聞くと、ドタドタと玄関まで走っていて、
静かにふわふわと降ってくる雪を、玄関で見てた。

玄関のドアをガラッと開けたまま雪を見ていたので、
家の中から「寒いからドアを閉めて!」と声がする。
私も寒かったので、すぐに家の中に入る。

ちょっと見れば、それで満足して、後はぬくぬくと過ごす。
それも、今も昔も、そう変わらない。

年月は経って、何もかも変わったように思うけど、
なんだか変わってないな~と思うことも、
意外とたくさんあるのかもしれない。

2013/01/10

深い話ってなんだろう

「深い話をした」って言葉を聞くのが苦手だって、今気づいた。
深い話と聞くと、頭が真っ白になって言葉につまる。

どうして頭が真っ白になるのか、ふと思った。

私は「ああ、深い話をしたな」と実感したことがない。

深い話の深いってなんだろう?
きっと、私の知らない特別な感覚で、私には味わえない感覚で、
私の話すことはいつも浅いから深い話にはならないんだ‥。
きっと私は深みのないつまらない人間なんだろうな。。。

などと考え始めてしまって、会話してることも忘れてしまってたように思う。

もしかして、
「深い話って、どんな話?」
って、聞いてみたらいいだけなのかもしれないな〜。

今度、聞いてみよう。

誰か早く、深い話したって言ってくれないかな〜。

2013/01/09

どよんとした時に思い出したいこと

嫌なことがあって、嫌な気持ちになって、
あれも失敗、ああこれも失敗、ってドツボにはまって、
こんなことが、ずっと続くんじゃないか
お先真っ暗だと思っていたのに、
そんな気持ちが、ふっと消えていることに気付いた。

そうだった。

楽しい時間もずっとは続かないけど、
どよんとした時間も、ずっとは続かないんだった。

どよんとした時はいつも、そのことを忘れてしまって、
余計にどんよりしてしまう。

ちょっとしたことで、うかれたり、どよんとしたり、
私の気持ちなんて、いい加減なもんだった。

『あ、失敗した、でも、たいしたことはない、と言ってみる』

元気帳に出てくるアイデア。

自分の気持ちを変えようとするのは難しい。
失敗したと思ったことを、たいしたことはないとは、なかなか思えない。

でも、とりあえず、
「あ、失敗した、でもたいしたことないと言ってみる」
ってことは、できそうな気がした。