3件目の小売店に入ると、広くはない店内に、
程良い程度の電化製品が、ゆったりと並んでいた。
ところが、お店の人がなかなか出てこない。
しょうがないので、少し奥に進んで「ごめんください」と言ってみた。
その時に『心』と、毛筆でかかれた墨の字が見えた。
入口からは見えない、店主の椅子からはよく見えそうな位置だった。
『心』の横に、「松下幸之助」と書いてあった。
その瞬間に、父だか母だかが、以前に、
電化製品は、松下電器なら信頼できるから、松下電器で買う、
と言っていたことを思い出した。
東京に来て、量販店の電化製品の安さに驚いて、
高いお金を出して、田舎の地元の電気屋で電製品を買っている両親に、
なんでそんなに、もったいないことをするのだろうと思っていたことも、
ついでに、一緒に思い出したりしていた。
ようやく、人の良さそうな中年の男性が出てきて、回想が止まった。
お店には、いくつか持ち運べるラジオがあった。
1件目で説明したことと、同じことを説明した。
店頭に並んでいるラジオを指して、
「安いですね」と話しかけてみると、
「安いけど、電池式で小さいのはアンテナが無くて、室内だと音が悪い、
コードがついているものは、コードがアンテナ代わりになるから、
アンテナがついてなくても、音がいい。
室内でなら、しっかりアンテナがついたものがいいな・・・」
と半分ひとり言のような説明をしながら、
1件目のお店の時に見たカタログを出していた。
そして、1件目と全く同じ品を指して、
「これくらいしか、ないね」と言う。
いくらか聞くと計算してくれて、「6,500円はするね」
と無造作に言って、カタログを閉じてしまった。
この店主は、商売をする気がないのかな?と思った。
そこまでで、ラジオの事より『心』の書の方が気になっていたので、
「そこの書は、松下幸之助の直筆ですか?」と聞いてみた。
そうしたら店主は、急にぱっと笑顔になって、
「そうですよ。まだ生きてらっしゃる頃に書かれたものなんですよ。
今の政治家の~はね、松下幸之助が始めた塾の一期生で・・・・・」
と話が続く。
興味本位に話題を出してしまったんじゃないかと思って、
ちょっと後ろめたく思いながら聞いた。
「松下幸之助の言葉もいいんですよ。今年のカレンダー、
まだ余ってますから、良かったら一つ持っていきます?
松下幸之助の言葉が書いてあるんですよ。」
という説明を聞くか聞かないかのうちに、
私はもう、カレンダーを手に持っていた。
「毎年、カレンダーが出るから、もし気に行ったら、
来年のが出たら差し上げますよ。」
という店主の説明を聞きながら、私はここに何をしに来たんだっけ?
どうしてカレンダーを手に持っているんだっけ?と不思議に思いながら、
ちょっと得したような気分になっていた。
そうそう、それで、ラジオ。
同じものが4,200円で手に入る、
親切に調べてくれた店に注文に行こうか、
職人気質の6,500円の店に行って、店主とお近づきになろうか、
未だに決められずに、1週間が経とうとしている。
今度、母に会いに行った時に、つまみの取れたラジオに、
電池を入れて持って行って、どっちで買うといいと思う?
って聞いてみる、ってのもおもしろいかもな、と思った。
カレンダーがほしい、って言われたりして?
そういうわけで、今家に、松下幸之助『勇気』という表紙の
2011年のカレンダーが、無造作にかかっている。