食べやすい大きさに切られて、
一つずつビニール包装してあるお餅が売っている。
これは、すばらしいことだと思う。
実家では、年の瀬になると、のし餅という平べったい大きなお餅が届いて、
それを食べやすい大きさに切るというのが、正月の準備だった。
確か、1枚が一升分だったと思う。
みんなお餅が大好きだったので、毎年4~5枚頼んでいた。
お餅はだいたい29日頃に届く。
お餅を切ると、すぐに包丁がべたべたするので、
濡れ布巾でちょいちょい濡らしながら、食べやすい大きさに切る。
柔らかいうちは、切っても餅と餅が重なるとくっついてしまうので、
半紙を敷いて、餅と餅がくっつかないように、一つ一つ並べる。
小さい頃は、餅を切って並べる父や母の姿がかっこよく見えて、
「切らせて~」と言っていた。
その頃は、手を切ると危ないからと言って切らせてもらえず、
半紙を敷く係をしながら、毎年、
餅が小さく切られていくのを、じっと見ていたような記憶がある。
中学生くらいになると、ようやく餅切り見習いとして
切り方を教えてもらって、意気揚々と餅を切って並べていた。
それからは、餅きりが私の仕事になった。
と、餅切りがキラキラして楽しかったのも2年くらいなもので、
高校生くらいになると、だんだん面倒になってきた。
年の瀬にゆっくりしていると、餅が届く。
母が「お餅が来たよ。よろしく」と私に言う。
すぐに切るのは面倒だけど、届いてから早めに切らないと、
だんだん硬くなってきて、切る時にかなり手が痛い。
なかなか餅切りを始めない私に、母が、
「はやくした方が、お餅柔らかいかもしれへんな。」と言う。
硬くなった餅を切るのも面倒だけど、すぐにはやりたくない。
硬くなった餅は、母の力では切れない(と母が言う)ので、
結局硬くなった餅を切るのは私になる。
あ~面倒くさいけど、今切った方が楽か・・・はぁ
とため息をつきながら餅を切るはめになった。
実家の辺りは丸餅が主流で、餅を切らなくてもいい。
なのに、父が関東出身だったために、
うちだけは餅切りをしなければならないとは・・・トホホ・・・と、
小さい頃は、うらやましかった餅切りを恨めしく思ったりもした。
今は、すでに切られたお餅が、手に入る。
包丁で切る時に、こういう大きさになったら最高、
という形で、一つずつビニール包装されている。
しかも、結構おいしい。
なんてすばらしいことだと思う。
年の瀬に、大掃除もしなければ、凝ったおせちを作ることもなく、
母がざくざくと、いろんな具を煮た煮物がおせち代わりという、
のんびりしていた実家で、唯一の大仕事は餅切りだった。
もう、お餅を切ることもなくなって、
いつ餅が届くかとハラハラすることもなく、
実家に習って、大掃除もしない12月29日は、
こうやって、ブログを書いて、のんびりしている。
切ったお餅を売ってくれて、本当にありがとう、と思う。
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