もうこれ以上転職はしたくないと思っていた。
いろいろあがいてみたけど、
無理な時はしょうがないよな、と思った。
昨日は飲み会で、この人合わないと思う人の、
隣に座ることになってしまった。
腹をくくって、話を合わせない無理に笑わない、
納得がいかないことには、そうですねとは言わない、
というのを徹底してみた。
そしたら、意外に会話に飲まれないで話が出来て、
今まで感じていた違和感が浮き彫りになった。
そして、ここの世界の中で疲弊していくくらいなら、
履歴書をまた書いた方が楽かもしれない、
という気持ちが湧いてきた。
1年よく頑張ったし、勉強にはなった。
今まで灰色にしか見えなかった集団に入ってみて、
その人たちの苦悩も、かいまみえたり、
どんな仕事にも向き不向きがあって、
出会いとご縁なんだということも、
よくわかった気もする。
もはや、転職が多すぎるために履歴書が長すぎて、
これ以上書きたくない、っていうことも、
どうでもよくなってきた。
もともと、小さい頃から、
私は働けるわけがないと思っていたし、
そのわりには、
いくつかの仕事には就くこともできたし、
よくやったと思う。
もうすでに上出来だったと思う。
これから先、どうやったら、無理なく、
健康で文化的な最低限度の生活を維持できるのか、
ゆっくり考えながら転職を考えよう。
決まるまで、灰色の服を着てやり過ごせば、
とりあえず生活は出来るのだから。
恵まれている。
今日は1日ダラダラしよう。
朝からダラダラしてたら、こんなブログに出会った。
http://www.jisyameguri.com/books/tonjinchi/
2018年4月25日より、移行しました。 今までありがとうございました。 note(ノート) https://note.mu/kuronekokuroko/n/n446abf3d5597
2017/10/21
2017/10/19
今日はグチだけ。
人と一緒に仕事をするっていうことに疲れて
何もかも全部投げ出してみたい!と時々思うことがある。
文字の力を借りて、発散させていただきます。
年配の人に、みんながいる会議であんなこと言うなんてズルいって言われたけど…
本音と建て前って、よくわかんねーんだよ!
大事だとおもったから大事だと思うって言っただけなんだよ!
後からこっそり文句言われても、混乱するんだよ!
堂々と大きい声で文句言いなよ!
こういう時に、東京に住んでいるのは、とても役に立つ。
帰りの電車で、どんなに疲れた顔をしていても、
誰にも「どうしたの?」と聞かれないのは、すごく楽。
疲れた時には、ブスッとしていたい。
そんな顔を、知ってる人には見られたくないので、
極力誰とも会いたくないし話もしたくない。
こういう時に、笑顔じゃないのを見て「何かあったの?」
と聞いてこられるのは、本当に勘弁してほしい。
そういうブスッとした感じで居ても目立たないずに
どうどうとしていられる場所は、本当に大切。
自然が少なくても、満員電車が窮屈でも、
きれいとは言えない空気を吸っているとしても、
この自由さは手放せない。
今の仕事は嫌いではないけど、
人と一緒に組んで仕事をするのは、やっぱり私には難しいのかもしれない。
一歩外にでれば、コンビニに行くのも、仕事に行くのも、
同じくらい緊張するし、人と関わらないで生きていけるとは思わない。
平穏な職場で静かに仕事をしてる、なんて考えただけで、
気持ちが悪くなるので、多少ハードな今の仕事は、
今までの中では自分には合っているのだろうとは思う。
それでも、やっぱり、ストレスが溜まる。
ストレスなく生活するには、家に籠るしかないだろうな、
と思うけど、籠り出したら全然外に出られなくなりそうで怖い。
今日のグチ祭りは、ここまでにします。
何もかも全部投げ出してみたい!と時々思うことがある。
文字の力を借りて、発散させていただきます。
年配の人に、みんながいる会議であんなこと言うなんてズルいって言われたけど…
本音と建て前って、よくわかんねーんだよ!
大事だとおもったから大事だと思うって言っただけなんだよ!
後からこっそり文句言われても、混乱するんだよ!
堂々と大きい声で文句言いなよ!
こういう時に、東京に住んでいるのは、とても役に立つ。
帰りの電車で、どんなに疲れた顔をしていても、
誰にも「どうしたの?」と聞かれないのは、すごく楽。
疲れた時には、ブスッとしていたい。
そんな顔を、知ってる人には見られたくないので、
極力誰とも会いたくないし話もしたくない。
こういう時に、笑顔じゃないのを見て「何かあったの?」
と聞いてこられるのは、本当に勘弁してほしい。
そういうブスッとした感じで居ても目立たないずに
どうどうとしていられる場所は、本当に大切。
自然が少なくても、満員電車が窮屈でも、
きれいとは言えない空気を吸っているとしても、
この自由さは手放せない。
今の仕事は嫌いではないけど、
人と一緒に組んで仕事をするのは、やっぱり私には難しいのかもしれない。
一歩外にでれば、コンビニに行くのも、仕事に行くのも、
同じくらい緊張するし、人と関わらないで生きていけるとは思わない。
平穏な職場で静かに仕事をしてる、なんて考えただけで、
気持ちが悪くなるので、多少ハードな今の仕事は、
今までの中では自分には合っているのだろうとは思う。
それでも、やっぱり、ストレスが溜まる。
ストレスなく生活するには、家に籠るしかないだろうな、
と思うけど、籠り出したら全然外に出られなくなりそうで怖い。
今日のグチ祭りは、ここまでにします。
2017/10/15
2017秋「矢が花にかわる~東京~」に参加しました。
2017年10月7日~9日『矢が花にかわる』があった。1週間経った。
静かなゆったりした3日間だった…ような気がする。
ほんと忘れるのって早い。
メモを見ながら内容を思い出せるかな。
初日は、自分にとってこの場がどういう場だといいと思うか、
話題にしたいことはあるか、という話から、
「振り返る」「かえりみる」ということが話題になった。
2日目は、スティーブンのたとえ話で、オオカミの話があった。
自分の中の良い狼と悪い狼、どちらにも同じだけ愛情を注げば、
どちらが勝つでも負けるでも、良いでも悪いでもない、というような例え話。
3人組で、1人ずつ「今心に浮かんでいること」を伝えてみる、
聞く人は沈黙でただ聞いてみる、というのをした。
3日目は、インナーティーチャーの話。
内なる師、内なる声、真実の自分、
どういう言葉だと自分にとってしっくりくるだろう?
自分の中のこれだと思う確信、のような。
(私は「心の声」がしっくりくると思った。)
こんなようなメモもあった。
幼い頃から、人の言う事を聞くことに慣れてしまっている。
なので、すぐに人の声(意見)が入ってきてしまう。
沈黙が「自分と自分」との関係性に目を向ける助けになる。
会話をする時、自分の居心地の悪さを埋めるだけの返事やアドバイスは、
相手の人が「心の声」を聴くことの妨げになることがある。
話を聞く前に呼吸を深くして、頭から腹に下ろすといい。
間、スペースを。
それでも、いつも聞こえるわけではない。
ちょっとしたことで、すぐにかき消されてしまう。
「心の声」を聞く妨げになっていることは何だろう?
普段の生活は、何もかもスピードが速い。
2日目にそういえば、木々や池のあるところを、おのおの歩いた。
最初はゆっくり歩こうとしても歩けなくて、
ふと立ち止まったら、心臓がバクバクとしていて疲れているのに気付いた。
しばらく休んでゆっくり歩き始めたら、今後はスピードを速めることが出来ず、
自分が気持ちよく歩けるペースが、なかなか掴めなかった。
早いペースに流されている生活の方が楽な時もあるけど、
たまには止まってみるのもいいなと思った。
流され続けると、どんどん自分のペースってわからなくなりそうな気もする。
あと、3日目に、心の声を聞きそれを言葉に出してみる人と、
その話を沈黙で腹で聞く人の会話を、
聞かせてもらうという時間があった。
その場がすべて包まれるような優しさがあった。
今まで体感したことのないような空間だった。
3日間、楽しかった。
ってことは、間違いなく覚えてます。
静かなゆったりした3日間だった…ような気がする。
ほんと忘れるのって早い。
メモを見ながら内容を思い出せるかな。
初日は、自分にとってこの場がどういう場だといいと思うか、
話題にしたいことはあるか、という話から、
「振り返る」「かえりみる」ということが話題になった。
2日目は、スティーブンのたとえ話で、オオカミの話があった。
自分の中の良い狼と悪い狼、どちらにも同じだけ愛情を注げば、
どちらが勝つでも負けるでも、良いでも悪いでもない、というような例え話。
3人組で、1人ずつ「今心に浮かんでいること」を伝えてみる、
聞く人は沈黙でただ聞いてみる、というのをした。
3日目は、インナーティーチャーの話。
内なる師、内なる声、真実の自分、
どういう言葉だと自分にとってしっくりくるだろう?
自分の中のこれだと思う確信、のような。
(私は「心の声」がしっくりくると思った。)
こんなようなメモもあった。
幼い頃から、人の言う事を聞くことに慣れてしまっている。
なので、すぐに人の声(意見)が入ってきてしまう。
沈黙が「自分と自分」との関係性に目を向ける助けになる。
会話をする時、自分の居心地の悪さを埋めるだけの返事やアドバイスは、
相手の人が「心の声」を聴くことの妨げになることがある。
話を聞く前に呼吸を深くして、頭から腹に下ろすといい。
間、スペースを。
それでも、いつも聞こえるわけではない。
ちょっとしたことで、すぐにかき消されてしまう。
「心の声」を聞く妨げになっていることは何だろう?
普段の生活は、何もかもスピードが速い。
2日目にそういえば、木々や池のあるところを、おのおの歩いた。
最初はゆっくり歩こうとしても歩けなくて、
ふと立ち止まったら、心臓がバクバクとしていて疲れているのに気付いた。
しばらく休んでゆっくり歩き始めたら、今後はスピードを速めることが出来ず、
自分が気持ちよく歩けるペースが、なかなか掴めなかった。
早いペースに流されている生活の方が楽な時もあるけど、
たまには止まってみるのもいいなと思った。
流され続けると、どんどん自分のペースってわからなくなりそうな気もする。
あと、3日目に、心の声を聞きそれを言葉に出してみる人と、
その話を沈黙で腹で聞く人の会話を、
聞かせてもらうという時間があった。
その場がすべて包まれるような優しさがあった。
今まで体感したことのないような空間だった。
3日間、楽しかった。
ってことは、間違いなく覚えてます。
2017/09/05
野口整体に初めて行きました。
今日明日は、まだ残ってた夏休み~。
背中のコリがあまりにも続くので、野口整体に行ってみようと思い、
ようやく予約がとれて、今日「白山治療院」に行った。
すごくよかった。
帰ってから急激に眠くなって、気がついたら5時間も昼寝をしてた。
そんなに寝た後でも頭が痛いこともなく、すっきり目覚めて、そしたらネコも隣で寝てた。
…整体に行ってなくても、そんなにぐっすり昼寝に付き合えるネコってホントすごいよな…ってのは、ひとまず置いといて。
覚えておきたいので、今日のことをまとめておこうと思う。
まず、体の気になっている所など話をした。
背中と肩こりと、首の気になるところを伝えた。
その後、施術。
治療台がなくて、広いところに寝転んでゆったりもよかった。
肩、背中から足と、ぐいぐい押されないのに、なんでそこが痛いってわかるんですか?というとこだけ、ピリッと少し抑えてくれる感じ。
前に、鍼灸をしてもらった時に、マッサージをしてもらったのと似てた。
疲れるといつも痛くなる、スネの所が他のどこよりピリピリ。
胃と肝臓が疲れてるのかも、食べるのはどうですか?と聞かれ、
思わず、そうなんですよ!と心の中で叫ぶ。
「胃が弱くていつも胃を気遣いながら食べてるんです!」
と、思わず意気揚々と答えてしまった。
食べるキャパは人によって違う。
もともと、胃腸のキャパがあまり広くないのかも。
疲れると、そこに出てくる体質なんでしょうね、と。
首は、ちょいちょいと触ってもらい、あれよあれよと首が下を向きやすくなり、
腰は自覚はなかったけど、緊張が高いということで、
後ろ目の両脇腹を1分くらいつまむ、2回目は違和感がある方だけをつまむ、という緩め方を教えてもらった。
それだけで腰が緩んで、歪みもちょっと治るらしい。
終わった後に話。
食べ過ぎに気を付けた方がよいかもしれない。
人と比べて量が多いかどうか、ではない。
お腹が減ってないのに食べる、のも食べ過ぎ。
食べていて、そろそろいいかな、という時にやめる。
もうちょっとで全部食べ終わるからと思って食べるのは食べ過ぎになる。
残ってもそこでやめて残して、次に食べる、とかにする。
お昼休みに食べないと時間が取れないっていう時も、何かちょっとつまむ程度にして、お腹が減った時に時間が許せば何かつまむか、時間がとれなかったら、その分、夕食がおいしく食べられるということで、と。
そういう生活を続けていけば、自分の食べる適量やペースがわかってくる。
それで、やってみるのはどうでしょう?
首の方はまた様子を見ていきましょう。
という話だった。
なるほど~と思った。
長年の疑問が解けた。
休みの日に食欲が湧かないと食べ忘れてていることもあって、食べない方が調子が良いように思ったけど、食べないのは身体に悪いはずだし、食べないで調子が良いのは気のせいか?と思っていたことや、旅行に出かけて3食きっちり食べると何故か体調を崩すのはなんでだろう?と思っていたことなど。
納得納得。
自分の「感じ」の方があってたんだな、と思った。
言われたこと、ちょっと試してみようっと。
背中のコリがあまりにも続くので、野口整体に行ってみようと思い、
ようやく予約がとれて、今日「白山治療院」に行った。
すごくよかった。
帰ってから急激に眠くなって、気がついたら5時間も昼寝をしてた。
そんなに寝た後でも頭が痛いこともなく、すっきり目覚めて、そしたらネコも隣で寝てた。
…整体に行ってなくても、そんなにぐっすり昼寝に付き合えるネコってホントすごいよな…ってのは、ひとまず置いといて。
覚えておきたいので、今日のことをまとめておこうと思う。
まず、体の気になっている所など話をした。
背中と肩こりと、首の気になるところを伝えた。
その後、施術。
治療台がなくて、広いところに寝転んでゆったりもよかった。
肩、背中から足と、ぐいぐい押されないのに、なんでそこが痛いってわかるんですか?というとこだけ、ピリッと少し抑えてくれる感じ。
前に、鍼灸をしてもらった時に、マッサージをしてもらったのと似てた。
疲れるといつも痛くなる、スネの所が他のどこよりピリピリ。
胃と肝臓が疲れてるのかも、食べるのはどうですか?と聞かれ、
思わず、そうなんですよ!と心の中で叫ぶ。
「胃が弱くていつも胃を気遣いながら食べてるんです!」
と、思わず意気揚々と答えてしまった。
食べるキャパは人によって違う。
もともと、胃腸のキャパがあまり広くないのかも。
疲れると、そこに出てくる体質なんでしょうね、と。
首は、ちょいちょいと触ってもらい、あれよあれよと首が下を向きやすくなり、
腰は自覚はなかったけど、緊張が高いということで、
後ろ目の両脇腹を1分くらいつまむ、2回目は違和感がある方だけをつまむ、という緩め方を教えてもらった。
それだけで腰が緩んで、歪みもちょっと治るらしい。
終わった後に話。
食べ過ぎに気を付けた方がよいかもしれない。
人と比べて量が多いかどうか、ではない。
お腹が減ってないのに食べる、のも食べ過ぎ。
食べていて、そろそろいいかな、という時にやめる。
もうちょっとで全部食べ終わるからと思って食べるのは食べ過ぎになる。
残ってもそこでやめて残して、次に食べる、とかにする。
お昼休みに食べないと時間が取れないっていう時も、何かちょっとつまむ程度にして、お腹が減った時に時間が許せば何かつまむか、時間がとれなかったら、その分、夕食がおいしく食べられるということで、と。
そういう生活を続けていけば、自分の食べる適量やペースがわかってくる。
それで、やってみるのはどうでしょう?
首の方はまた様子を見ていきましょう。
という話だった。
なるほど~と思った。
長年の疑問が解けた。
休みの日に食欲が湧かないと食べ忘れてていることもあって、食べない方が調子が良いように思ったけど、食べないのは身体に悪いはずだし、食べないで調子が良いのは気のせいか?と思っていたことや、旅行に出かけて3食きっちり食べると何故か体調を崩すのはなんでだろう?と思っていたことなど。
納得納得。
自分の「感じ」の方があってたんだな、と思った。
言われたこと、ちょっと試してみようっと。
2017/09/03
わかりあえなさに注目するインタビュー講座②
先週末、尹雄大さんの「わかりあえなさに注目するインタビュー講座」2日間に参加した。
ちょっと思い返してみたいと思う。
ここ1週間、苦手な人と話すのも楽しくなった感じがする。
職場でも、あんまりこの会話に加わりたくないな、という時に、
なんとなく、スルッと言葉が出てくるようになったのが、
驚きというか、なんというか。
「自分が思った事と、相手が思い描いていることの違いを、
一つ一つ確認していく」と聞いて、
目からウロコが落ちた。スッキリした感じがあった。
「ああ、わかる~」は、ひとまず置いといて、
「それどういうことですか?」の方を聞いてみるだけ、
というか、なんというか。
それは、非常に楽。
会話をしていて、今まで困っていたことがあった。
わからないことが圧倒的に多すぎる、ということ。
それを逐一聞いていくのは、会話の流れを止めてしまうし、
なんとなく失礼な感じがしていた。
それが、そうではなく、その「違い」を大事に置いておいて、
少しずつ聞いていけばいい、という。
しかも、そういう会話をしてみたら、おもしろかった、
ということに驚いた。
良し悪しをつけずに聞けば、人は何だか知らないけど話したくなる、
それは、話している相手に対してだけでなく、
自分に対してもそうなのかもしれないと思った。
自分に対して良し悪しをつけずに自分の声を聞けば、
何だかしらないけど、聞きたいこと話したいことが出てくる。
話したいことは、もうすでにあって、
お互いに、それが湧き出てくる。
講座の2日目には、その感じを体感した。
聞くことも話すことも難しいことじゃなかったんだ~、
というのが、2日間終わった直後に思ったことで、
1週間経った今も、その感じは変わらない。
「違いがある」のは当たり前、
と言われても、それはそうだけど、だからってどうすれば…
と思っていたけど。
「見立て→話し→ズレ」は、必ず起こるから、
その「ズレ」を忘れないように置いておきながら、
一つ一つそのズレを確認してけばいい、としたら。
「全く同じだ!」という事は、ほぼないんだし、
いつでも、どこでも、聞きたいことが湧いてきそうで、
どんな人と、どんな話をするとしても、
話したいことが湧いてくるんじゃないかな、
という、先行きの明るい感じまでした。
あと、メモを見返して、
あっち、でも、こっち、でもなく、空間を見たり、
「観察者の視点」というのが書いてあって、
メモをしたときは、あああそれは大事!、と思ったのだけど、
時間を置いたら、そういう感じだったっけな?
というのは思い出したものの、
その感じを文字には出来切らないな、と思いました。
もうちょっと寝かしたら、文字に出来るのかな?どうかな。
講座、すごく楽しかったです。
ちょっと思い返してみたいと思う。
ここ1週間、苦手な人と話すのも楽しくなった感じがする。
職場でも、あんまりこの会話に加わりたくないな、という時に、
なんとなく、スルッと言葉が出てくるようになったのが、
驚きというか、なんというか。
「自分が思った事と、相手が思い描いていることの違いを、
一つ一つ確認していく」と聞いて、
目からウロコが落ちた。スッキリした感じがあった。
「ああ、わかる~」は、ひとまず置いといて、
「それどういうことですか?」の方を聞いてみるだけ、
というか、なんというか。
それは、非常に楽。
会話をしていて、今まで困っていたことがあった。
わからないことが圧倒的に多すぎる、ということ。
それを逐一聞いていくのは、会話の流れを止めてしまうし、
なんとなく失礼な感じがしていた。
それが、そうではなく、その「違い」を大事に置いておいて、
少しずつ聞いていけばいい、という。
しかも、そういう会話をしてみたら、おもしろかった、
ということに驚いた。
良し悪しをつけずに聞けば、人は何だか知らないけど話したくなる、
それは、話している相手に対してだけでなく、
自分に対してもそうなのかもしれないと思った。
自分に対して良し悪しをつけずに自分の声を聞けば、
何だかしらないけど、聞きたいこと話したいことが出てくる。
話したいことは、もうすでにあって、
お互いに、それが湧き出てくる。
講座の2日目には、その感じを体感した。
聞くことも話すことも難しいことじゃなかったんだ~、
というのが、2日間終わった直後に思ったことで、
1週間経った今も、その感じは変わらない。
「違いがある」のは当たり前、
と言われても、それはそうだけど、だからってどうすれば…
と思っていたけど。
「見立て→話し→ズレ」は、必ず起こるから、
その「ズレ」を忘れないように置いておきながら、
一つ一つそのズレを確認してけばいい、としたら。
「全く同じだ!」という事は、ほぼないんだし、
いつでも、どこでも、聞きたいことが湧いてきそうで、
どんな人と、どんな話をするとしても、
話したいことが湧いてくるんじゃないかな、
という、先行きの明るい感じまでした。
あと、メモを見返して、
あっち、でも、こっち、でもなく、空間を見たり、
「観察者の視点」というのが書いてあって、
メモをしたときは、あああそれは大事!、と思ったのだけど、
時間を置いたら、そういう感じだったっけな?
というのは思い出したものの、
その感じを文字には出来切らないな、と思いました。
もうちょっと寝かしたら、文字に出来るのかな?どうかな。
講座、すごく楽しかったです。
2017/08/26
わかりあえなさに注目するインタビュー講座初日
尹雄大さんの「わかりあえなさに注目するインタビュー講座」初日に参加した。
すごくおもしろかった。
明日の2日目が終わったら、今日の事をすっかり忘れてしまいそうでもったいないので、書き留めておこう。
といっても、もうほとんど忘れてる。
えっと、えっと。
始まる前、会場近くの珈琲屋の、チーズケーキとコーヒーがすごくおいしかった。
自己紹介をお互いにする、という、最も苦痛なお題で、
初めて会う隣の人と話をすることになったにも関わらず、
ウキウキと楽しく話せたのには驚いた。
ゼロが苦手、「振動」に心惹かれるのでは?、という言葉をもらい、
今まで薄らぼんやり思っていたことが、ピタッとはまった感じ。
その言葉が出てきたのは、話していた相手の力があったからだと思っていたが、
話をしているうちに、そうではなく、お互いの「間」から生まれたもの、らしい、
と思い始めて、わけがわからなくなって、おもしろかった。
虐待対策ワーカー研修で、今回のような内容をしてもらえたら、
いろんなことが腑に落ちていくかもしれないな、と思った。
(実際の研修は、技術を学んで人の心を忘れていくような感覚がある。)
分かり合おうとすると、どんどん離れて行く印象がある。
今回は、わからないことの方に着目しているはずなのに、
話していると、なんだか分からないうちに同じ船に乗っていた、
みたいな感覚があった。
思い出してメモしてみても、なんだったんだろう、と思う。
これ、数日たってから読み返したら、更に、
なんだったんだろう感が強まりそうな気もするな。
とりあえず書いて気が済んだ。
明日も楽しみ。
すごくおもしろかった。
明日の2日目が終わったら、今日の事をすっかり忘れてしまいそうでもったいないので、書き留めておこう。
といっても、もうほとんど忘れてる。
えっと、えっと。
始まる前、会場近くの珈琲屋の、チーズケーキとコーヒーがすごくおいしかった。
自己紹介をお互いにする、という、最も苦痛なお題で、
初めて会う隣の人と話をすることになったにも関わらず、
ウキウキと楽しく話せたのには驚いた。
ゼロが苦手、「振動」に心惹かれるのでは?、という言葉をもらい、
今まで薄らぼんやり思っていたことが、ピタッとはまった感じ。
その言葉が出てきたのは、話していた相手の力があったからだと思っていたが、
話をしているうちに、そうではなく、お互いの「間」から生まれたもの、らしい、
と思い始めて、わけがわからなくなって、おもしろかった。
虐待対策ワーカー研修で、今回のような内容をしてもらえたら、
いろんなことが腑に落ちていくかもしれないな、と思った。
(実際の研修は、技術を学んで人の心を忘れていくような感覚がある。)
分かり合おうとすると、どんどん離れて行く印象がある。
今回は、わからないことの方に着目しているはずなのに、
話していると、なんだか分からないうちに同じ船に乗っていた、
みたいな感覚があった。
思い出してメモしてみても、なんだったんだろう、と思う。
これ、数日たってから読み返したら、更に、
なんだったんだろう感が強まりそうな気もするな。
とりあえず書いて気が済んだ。
明日も楽しみ。
2017/08/15
頭が空っぽ。
すごく寝た。すっきりした。
久しぶりに頭が空っぽになった気がする。
頭の皮も随分柔らかくなった。
38℃の熱が出て、数日寝込んで、やむなく思考停止したのだけど、
人間の体はよくできている。
先週は、鹿児島に行った。楽しかったな。
屋久島に行くはずが台風で船が出ず、屋久島には行けなかった。
大楠や大きい杉を見た。
じっくり手帳を見てみたら、鹿児島に行く前まで数か月、
あのメールを返して、このことを考えて、
次は次は・・・と頭が忙しかったようだった。
それが、帰ってきて熱を出して一切吹っ飛んだ。
すっきりした空っぽの頭で考えてみると、
だいたい、後でいいか、と思う事ばかり。
やおら、ええっと何をするんだっけと思い出したものから、
ぽつぽつやっていけばいいだけのことだった。
疲れが溜まって、それに気づかず、
頭の皮が固くなって、頭痛まで起こっているときには、
あれもあれもあれも、と、頭を動かしているようで、
実はちっとも動いていない。
それが熱が出て、収まってすっきりすると、
さらっと頭の回路までシンプルになったうような気がする。
後で思うと、いっつも同じことを繰り返している。
ほんと、人の体はよくできている。
霧島神宮の、色のきれいなトカゲも楽しかったな。
小学生と一緒に行ったものだから、
見るだけなら楽しいけど、触れない私は、
近づいてみたものの、うっかり走って逃げてしまい、
案の定、小学生は嬉しそうに、
器用に捕まえたトカゲを持って追いかけてくる。
という大惨事。
遊び慣れてる小学生は、すぐにトカゲを地面にそっと離して、
離されたトカゲは、そんなに慌てなくても、というくらい、
一目散に走って行った。
私も大惨事だったけど、トカゲも大惨事だったらしい。
後姿の必死さについ笑ってしまった。
今日は、仕事もなく休み。
頭も空っぽのまま、
トカゲや樹齢800年の杉の木のことを思い出したりして、
体も頭もゆっくりしようっと。
久しぶりに頭が空っぽになった気がする。
頭の皮も随分柔らかくなった。
38℃の熱が出て、数日寝込んで、やむなく思考停止したのだけど、
人間の体はよくできている。
先週は、鹿児島に行った。楽しかったな。
屋久島に行くはずが台風で船が出ず、屋久島には行けなかった。
大楠や大きい杉を見た。
じっくり手帳を見てみたら、鹿児島に行く前まで数か月、
あのメールを返して、このことを考えて、
次は次は・・・と頭が忙しかったようだった。
それが、帰ってきて熱を出して一切吹っ飛んだ。
すっきりした空っぽの頭で考えてみると、
だいたい、後でいいか、と思う事ばかり。
やおら、ええっと何をするんだっけと思い出したものから、
ぽつぽつやっていけばいいだけのことだった。
疲れが溜まって、それに気づかず、
頭の皮が固くなって、頭痛まで起こっているときには、
あれもあれもあれも、と、頭を動かしているようで、
実はちっとも動いていない。
それが熱が出て、収まってすっきりすると、
さらっと頭の回路までシンプルになったうような気がする。
後で思うと、いっつも同じことを繰り返している。
ほんと、人の体はよくできている。
霧島神宮の、色のきれいなトカゲも楽しかったな。
小学生と一緒に行ったものだから、
見るだけなら楽しいけど、触れない私は、
近づいてみたものの、うっかり走って逃げてしまい、
案の定、小学生は嬉しそうに、
器用に捕まえたトカゲを持って追いかけてくる。
という大惨事。
遊び慣れてる小学生は、すぐにトカゲを地面にそっと離して、
離されたトカゲは、そんなに慌てなくても、というくらい、
一目散に走って行った。
私も大惨事だったけど、トカゲも大惨事だったらしい。
後姿の必死さについ笑ってしまった。
今日は、仕事もなく休み。
頭も空っぽのまま、
トカゲや樹齢800年の杉の木のことを思い出したりして、
体も頭もゆっくりしようっと。
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