尹雄大さんの「わかりあえなさに注目するインタビュー講座」初日に参加した。
すごくおもしろかった。
明日の2日目が終わったら、今日の事をすっかり忘れてしまいそうでもったいないので、書き留めておこう。
といっても、もうほとんど忘れてる。
えっと、えっと。
始まる前、会場近くの珈琲屋の、チーズケーキとコーヒーがすごくおいしかった。
自己紹介をお互いにする、という、最も苦痛なお題で、
初めて会う隣の人と話をすることになったにも関わらず、
ウキウキと楽しく話せたのには驚いた。
ゼロが苦手、「振動」に心惹かれるのでは?、という言葉をもらい、
今まで薄らぼんやり思っていたことが、ピタッとはまった感じ。
その言葉が出てきたのは、話していた相手の力があったからだと思っていたが、
話をしているうちに、そうではなく、お互いの「間」から生まれたもの、らしい、
と思い始めて、わけがわからなくなって、おもしろかった。
虐待対策ワーカー研修で、今回のような内容をしてもらえたら、
いろんなことが腑に落ちていくかもしれないな、と思った。
(実際の研修は、技術を学んで人の心を忘れていくような感覚がある。)
分かり合おうとすると、どんどん離れて行く印象がある。
今回は、わからないことの方に着目しているはずなのに、
話していると、なんだか分からないうちに同じ船に乗っていた、
みたいな感覚があった。
思い出してメモしてみても、なんだったんだろう、と思う。
これ、数日たってから読み返したら、更に、
なんだったんだろう感が強まりそうな気もするな。
とりあえず書いて気が済んだ。
明日も楽しみ。
2018年4月25日より、移行しました。 今までありがとうございました。 note(ノート) https://note.mu/kuronekokuroko/n/n446abf3d5597
2017/08/26
2017/08/15
頭が空っぽ。
すごく寝た。すっきりした。
久しぶりに頭が空っぽになった気がする。
頭の皮も随分柔らかくなった。
38℃の熱が出て、数日寝込んで、やむなく思考停止したのだけど、
人間の体はよくできている。
先週は、鹿児島に行った。楽しかったな。
屋久島に行くはずが台風で船が出ず、屋久島には行けなかった。
大楠や大きい杉を見た。
じっくり手帳を見てみたら、鹿児島に行く前まで数か月、
あのメールを返して、このことを考えて、
次は次は・・・と頭が忙しかったようだった。
それが、帰ってきて熱を出して一切吹っ飛んだ。
すっきりした空っぽの頭で考えてみると、
だいたい、後でいいか、と思う事ばかり。
やおら、ええっと何をするんだっけと思い出したものから、
ぽつぽつやっていけばいいだけのことだった。
疲れが溜まって、それに気づかず、
頭の皮が固くなって、頭痛まで起こっているときには、
あれもあれもあれも、と、頭を動かしているようで、
実はちっとも動いていない。
それが熱が出て、収まってすっきりすると、
さらっと頭の回路までシンプルになったうような気がする。
後で思うと、いっつも同じことを繰り返している。
ほんと、人の体はよくできている。
霧島神宮の、色のきれいなトカゲも楽しかったな。
小学生と一緒に行ったものだから、
見るだけなら楽しいけど、触れない私は、
近づいてみたものの、うっかり走って逃げてしまい、
案の定、小学生は嬉しそうに、
器用に捕まえたトカゲを持って追いかけてくる。
という大惨事。
遊び慣れてる小学生は、すぐにトカゲを地面にそっと離して、
離されたトカゲは、そんなに慌てなくても、というくらい、
一目散に走って行った。
私も大惨事だったけど、トカゲも大惨事だったらしい。
後姿の必死さについ笑ってしまった。
今日は、仕事もなく休み。
頭も空っぽのまま、
トカゲや樹齢800年の杉の木のことを思い出したりして、
体も頭もゆっくりしようっと。
久しぶりに頭が空っぽになった気がする。
頭の皮も随分柔らかくなった。
38℃の熱が出て、数日寝込んで、やむなく思考停止したのだけど、
人間の体はよくできている。
先週は、鹿児島に行った。楽しかったな。
屋久島に行くはずが台風で船が出ず、屋久島には行けなかった。
大楠や大きい杉を見た。
じっくり手帳を見てみたら、鹿児島に行く前まで数か月、
あのメールを返して、このことを考えて、
次は次は・・・と頭が忙しかったようだった。
それが、帰ってきて熱を出して一切吹っ飛んだ。
すっきりした空っぽの頭で考えてみると、
だいたい、後でいいか、と思う事ばかり。
やおら、ええっと何をするんだっけと思い出したものから、
ぽつぽつやっていけばいいだけのことだった。
疲れが溜まって、それに気づかず、
頭の皮が固くなって、頭痛まで起こっているときには、
あれもあれもあれも、と、頭を動かしているようで、
実はちっとも動いていない。
それが熱が出て、収まってすっきりすると、
さらっと頭の回路までシンプルになったうような気がする。
後で思うと、いっつも同じことを繰り返している。
ほんと、人の体はよくできている。
霧島神宮の、色のきれいなトカゲも楽しかったな。
小学生と一緒に行ったものだから、
見るだけなら楽しいけど、触れない私は、
近づいてみたものの、うっかり走って逃げてしまい、
案の定、小学生は嬉しそうに、
器用に捕まえたトカゲを持って追いかけてくる。
という大惨事。
遊び慣れてる小学生は、すぐにトカゲを地面にそっと離して、
離されたトカゲは、そんなに慌てなくても、というくらい、
一目散に走って行った。
私も大惨事だったけど、トカゲも大惨事だったらしい。
後姿の必死さについ笑ってしまった。
今日は、仕事もなく休み。
頭も空っぽのまま、
トカゲや樹齢800年の杉の木のことを思い出したりして、
体も頭もゆっくりしようっと。
2017/06/30
2017年5月「らっくりらっぷ」
ちょっと時間が経ってしまいましたが、5月の連休のご報告を。
5月3日に、香川の『ココカラハウス』で、1日ワークショップ、
5月5~7日に、滋賀の『比良げんき村』で、2泊3日のキャンプがありました。
『らっくりらっぷ』ということで、初の試みのワークショップでした。
香川では、下は保育園のお子さんから、小学生、高校生、大学生、
上は定年を越えた方々まで、様々な立場の人々が15名ほど集まって、
すきに過ごしたり、じっくり立ち止まって話をする、
ということをしたように思います。
滋賀では、木々や滝のあるところを歩いたり、
びわ湖を眺めたりできる環境で、2泊3日、
集まって話をしたり、すきに歩いたり、
おいしいものをいただいたりしました。
いただいた感想をまとめて、もっと詳しくご報告を、
と思っていたのですが、まとまりませんでした。
自分の感想だけ言うと、と思ったのですが、
ちょっと時間が経って、感想もあんまり覚えておらず…。
今思い返してみると、
あの時間は何かの始まりだったのかもしれないな、
と思いました。
何かが始まるときって、すっきりしたものはなく、
いつも、コントンと?混沌と?しているな、と思います。
混沌としているけど、何かエネルギーが充満している、
そんなような時間だったなと思いました。
ご協力いただいたみなさま、ご参加いただいたみなさま、
参加している気持ちで過ごしていただいたみなさま、
今度は参加してみようかなと思っていただいたみなさま、
心の中で応援してくださったみなさま、
一区切りということでお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
5月3日に、香川の『ココカラハウス』で、1日ワークショップ、
5月5~7日に、滋賀の『比良げんき村』で、2泊3日のキャンプがありました。
『らっくりらっぷ』ということで、初の試みのワークショップでした。
香川では、下は保育園のお子さんから、小学生、高校生、大学生、
上は定年を越えた方々まで、様々な立場の人々が15名ほど集まって、
すきに過ごしたり、じっくり立ち止まって話をする、
ということをしたように思います。
滋賀では、木々や滝のあるところを歩いたり、
びわ湖を眺めたりできる環境で、2泊3日、
集まって話をしたり、すきに歩いたり、
おいしいものをいただいたりしました。
いただいた感想をまとめて、もっと詳しくご報告を、
と思っていたのですが、まとまりませんでした。
自分の感想だけ言うと、と思ったのですが、
ちょっと時間が経って、感想もあんまり覚えておらず…。
今思い返してみると、
あの時間は何かの始まりだったのかもしれないな、
と思いました。
何かが始まるときって、すっきりしたものはなく、
いつも、コントンと?混沌と?しているな、と思います。
混沌としているけど、何かエネルギーが充満している、
そんなような時間だったなと思いました。
ご協力いただいたみなさま、ご参加いただいたみなさま、
参加している気持ちで過ごしていただいたみなさま、
今度は参加してみようかなと思っていただいたみなさま、
心の中で応援してくださったみなさま、
一区切りということでお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
2017/06/03
将来なりたいものは何?
『いつか寄木細工の職人になりたいと思ってる』
と言うと、だいたい笑われる。
結構本気なのに。
大人になってから将来なりたいものを言うのは、「変」らしい。
23歳で初めて箱根に行って寄木細工の作品を見て驚いた。
何といっても模様がきれい。
しかもどうやって作ってるのかさっぱりわからない。
自分で寄木細工のからくり箱を作れたら。
はたして作れるものか?
機会があれば、本当に挑戦してみたい。
しかしまあ、こういう話をすると、笑われるようになったのは、
いったいいつからだろう。
幼稚園の時、一番困った課題があった。
今でもよく覚えている。
「将来なりたいものを書きましょう。」
・・・は?
当時は、その混乱を言葉にできなかったけど、
今、言葉にすると、
「すごくたくさんの仕事があるはずだけど、
どんな職業があるかあるか知らない。
知らない中から自分がしたいことを選ぶなんて、
できるわけないでしょう。
何を無理難題を言って…。」
という感じ。
しかも、家に帰って書いてくるのではなくて、帰るまでに出せと言う。
何を書けば、大きく外れないんだろう…。
焦った私は、隙をみては周りの子に片っ端から聞いて回った。
やきゅうせんしゅ、かんごふさん、およめさん、ケーキやさん。
とりあえず、何か書いとけばいいんじゃないか、
と、誰かが教えてくれたので、その中から選ぶことにした。
結構たくさんの子が、「わかんないから、およめさんでいいや」
と言って、さらさらと書いて出していたものの、
およめさんは、なんかちょっと違うなと思った。
野球は知らないし、生クリームは好きじゃないし、
で、「かんごふさん」と書いて出した。
後日それが冊子になって、○○ちゃんのなりたいもの、
を公表されることになってしまった。
「え、あんなにみんないい加減に書いたものを、
きれいに冊子にされて出されても、
おもしろくもなんともないのに…。」
幼稚園は、意味のわからないことが多かった。
家に帰って、「かんごふさん」を見た家人が
へ~と感心した後、質問してくる。
「かんごふさんって何するか知ってる?」
「血が流れてるのを見るやで。」
…適当に書いたんだから、そう言われても困る。
ちゃんと選ぶ準備もなく、時間もなく、
急に提出させられたものを、黙って公表されただけ、
と、今なら説明できるけど。
それ以降、将来なりたいものを急に聞かれた時のために、
その時に一番と言えるものを用意しておこうと思った。
とりあえず書いてしまった看護婦でしばらくは乗り切って、
その後は「宇宙飛行士」「秘書」
幼稚園以降も、時々聞かれたり、書かされることがあったので、
想定して用意しておいて、正解だった。
それなのに、だんだん将来なりたいものを聞かれることもなくなった。
でも、癖だけは抜けず、いろいろ知らない職業を知ると、
どんな仕事だろう、自分に出来るのか?と考えるようになっていた。
何か新しいことを始めるときは、
つい、これで食べていけるか?、と考えたりして。
でも、ちょっと最近、考えが変わってきた。
食べていけなくても、これしてみたいと思うことを、
してみてもいいんじゃないかな、と思い始めた。
プールに行ってパシャパシャ泳いでみたら楽しかったし、
全く知らない内容のワークショップもおもしろかった。
アラビア語も勉強してみたい。
今まで会う機会のなかった人々と出会って話したのもおもしろかった。
どんな毎日を送っていて、何が仕事になっていくのか。
職業を知る、だけではない話。
もしかすると、仕事は多くから選ぶのではなくて、
これはしたくない、というのを一つ一つはがしていくと、
最後に残るものなのかもしれない、という気もしてきた。
と言うと、だいたい笑われる。
結構本気なのに。
大人になってから将来なりたいものを言うのは、「変」らしい。
23歳で初めて箱根に行って寄木細工の作品を見て驚いた。
何といっても模様がきれい。
しかもどうやって作ってるのかさっぱりわからない。
自分で寄木細工のからくり箱を作れたら。
はたして作れるものか?
機会があれば、本当に挑戦してみたい。
しかしまあ、こういう話をすると、笑われるようになったのは、
いったいいつからだろう。
幼稚園の時、一番困った課題があった。
今でもよく覚えている。
「将来なりたいものを書きましょう。」
・・・は?
当時は、その混乱を言葉にできなかったけど、
今、言葉にすると、
「すごくたくさんの仕事があるはずだけど、
どんな職業があるかあるか知らない。
知らない中から自分がしたいことを選ぶなんて、
できるわけないでしょう。
何を無理難題を言って…。」
という感じ。
しかも、家に帰って書いてくるのではなくて、帰るまでに出せと言う。
何を書けば、大きく外れないんだろう…。
焦った私は、隙をみては周りの子に片っ端から聞いて回った。
やきゅうせんしゅ、かんごふさん、およめさん、ケーキやさん。
とりあえず、何か書いとけばいいんじゃないか、
と、誰かが教えてくれたので、その中から選ぶことにした。
結構たくさんの子が、「わかんないから、およめさんでいいや」
と言って、さらさらと書いて出していたものの、
およめさんは、なんかちょっと違うなと思った。
野球は知らないし、生クリームは好きじゃないし、
で、「かんごふさん」と書いて出した。
後日それが冊子になって、○○ちゃんのなりたいもの、
を公表されることになってしまった。
「え、あんなにみんないい加減に書いたものを、
きれいに冊子にされて出されても、
おもしろくもなんともないのに…。」
幼稚園は、意味のわからないことが多かった。
家に帰って、「かんごふさん」を見た家人が
へ~と感心した後、質問してくる。
「かんごふさんって何するか知ってる?」
「血が流れてるのを見るやで。」
…適当に書いたんだから、そう言われても困る。
ちゃんと選ぶ準備もなく、時間もなく、
急に提出させられたものを、黙って公表されただけ、
と、今なら説明できるけど。
それ以降、将来なりたいものを急に聞かれた時のために、
その時に一番と言えるものを用意しておこうと思った。
とりあえず書いてしまった看護婦でしばらくは乗り切って、
その後は「宇宙飛行士」「秘書」
幼稚園以降も、時々聞かれたり、書かされることがあったので、
想定して用意しておいて、正解だった。
それなのに、だんだん将来なりたいものを聞かれることもなくなった。
でも、癖だけは抜けず、いろいろ知らない職業を知ると、
どんな仕事だろう、自分に出来るのか?と考えるようになっていた。
何か新しいことを始めるときは、
つい、これで食べていけるか?、と考えたりして。
でも、ちょっと最近、考えが変わってきた。
食べていけなくても、これしてみたいと思うことを、
してみてもいいんじゃないかな、と思い始めた。
プールに行ってパシャパシャ泳いでみたら楽しかったし、
全く知らない内容のワークショップもおもしろかった。
アラビア語も勉強してみたい。
今まで会う機会のなかった人々と出会って話したのもおもしろかった。
どんな毎日を送っていて、何が仕事になっていくのか。
職業を知る、だけではない話。
もしかすると、仕事は多くから選ぶのではなくて、
これはしたくない、というのを一つ一つはがしていくと、
最後に残るものなのかもしれない、という気もしてきた。
2017/05/21
アラビア語
急にきた。
これは面白そう。
とある方のFacebookで、とあるパレスチナの歌手という方の動画を見て、
その途中に歌われていた言葉が、あまりにも耳に心地よい。
たぶん英語ではないし、聞いたこともないと思って調べてみたら、
アラビア語だった。
カバーの曲だったが、原曲にはもちろんアラビア語の部分はなく、
オリジナルで付けくわえられたのだろう。
すごく自然に溶け込んでいる。
それだけでなく、すごく滑らかで耳に気持ちよく残る。
こんな言葉が世の中にあったのか。
しかも日本で、授業料無料のアラビア語学校がある、
という情報を見つけてしまった。
夜間のみのコースもある。
先生は日本語を話せないらしい。
同じクラスの人同士で協力して習得していくしかない。
入学試験はないが、学期ごとの試験に合格しないと次へ進めない。
ちらほらと見えたところだけでも…すごいおもしろそう。
アラビア語を習いに来る人って、どんな人たちなんだろう。
このままアラビア語熱が冷めないか、ちょっと時間を置いてみようと思う。
これは面白そう。
とある方のFacebookで、とあるパレスチナの歌手という方の動画を見て、
その途中に歌われていた言葉が、あまりにも耳に心地よい。
たぶん英語ではないし、聞いたこともないと思って調べてみたら、
アラビア語だった。
カバーの曲だったが、原曲にはもちろんアラビア語の部分はなく、
オリジナルで付けくわえられたのだろう。
すごく自然に溶け込んでいる。
それだけでなく、すごく滑らかで耳に気持ちよく残る。
こんな言葉が世の中にあったのか。
しかも日本で、授業料無料のアラビア語学校がある、
という情報を見つけてしまった。
夜間のみのコースもある。
先生は日本語を話せないらしい。
同じクラスの人同士で協力して習得していくしかない。
入学試験はないが、学期ごとの試験に合格しないと次へ進めない。
ちらほらと見えたところだけでも…すごいおもしろそう。
アラビア語を習いに来る人って、どんな人たちなんだろう。
このままアラビア語熱が冷めないか、ちょっと時間を置いてみようと思う。
2017/04/25
息
4月も後半だけど、まだ肌寒い。
5月で、友人の病気が発覚して2年。
旅立ってから8か月が経とうとしている。
とても長い2年だった。
生きている頃は、友人、と自覚したことはなかった。
しゃべっていると楽しいし、ワクワクするから、
遠くに住んでいるにもかかわらず、
スカイプで、メールで、ワークショップで、
1週間と連絡を取らないことは考えられなかった。
今思うと、そういう生活を、6年近く送ってきていた。
腹の立つこともあったけどな。。。
ふと、どうして自分だけまだ生きているのかと不思議に思うことがある。
生きているというのは、単に死んでないだけ、なのかも。
うちに、姫とななせというネコが来てから、3年になる。
もし、姫とななせが来ていなかったら…と思うと、
いったい私はこの2年をどう過ごしたんだろうと、ゾッとする。
2年前の4月は、というと、
姫とななせが家にも慣れて落ちついた頃。
激務だった仕事から抜け出せて、ちょうど時間もできた頃。
東京の病院に入院とすると聞いて、
仕事帰りとか、休みの日には、よく会いに行った。
体調が悪くて入院しているのに、
近くに引っ越してきたみたいで、
体調のいい日は病院の中でもいろいろ話をしたっけな。
この2年、長く息をしていなかったかのように思う時もあったけど、
その中でも、新しい人と出会い、古い馴染みとも会い、
どうにかこうにか、今にたどり着いたような感覚がある。
5月の連休は、そういう想い出の詰まったイベントに参加する。
これで、ようやく何かが一区切りつくだろう。
今まで幾度となく、参加したり、一緒に企画したり、
ドタバタと大変な時もあったけど、楽しかったな。
「不思議と飽きないんだよね」って言ってたよね。
これからも一緒にやっていけるならね、って返すかな。
ちょっと休んで、そしたら、何をしたくなるだろう。
プールに行って、散歩をして、ねこと昼寝をして。
でもとりあえず、何もしない、何の予定も決めない休日を、
しばらくは味わってみたいなと思う。
5月で、友人の病気が発覚して2年。
旅立ってから8か月が経とうとしている。
とても長い2年だった。
生きている頃は、友人、と自覚したことはなかった。
しゃべっていると楽しいし、ワクワクするから、
遠くに住んでいるにもかかわらず、
スカイプで、メールで、ワークショップで、
1週間と連絡を取らないことは考えられなかった。
今思うと、そういう生活を、6年近く送ってきていた。
腹の立つこともあったけどな。。。
ふと、どうして自分だけまだ生きているのかと不思議に思うことがある。
生きているというのは、単に死んでないだけ、なのかも。
うちに、姫とななせというネコが来てから、3年になる。
もし、姫とななせが来ていなかったら…と思うと、
いったい私はこの2年をどう過ごしたんだろうと、ゾッとする。
2年前の4月は、というと、
姫とななせが家にも慣れて落ちついた頃。
激務だった仕事から抜け出せて、ちょうど時間もできた頃。
東京の病院に入院とすると聞いて、
仕事帰りとか、休みの日には、よく会いに行った。
体調が悪くて入院しているのに、
近くに引っ越してきたみたいで、
体調のいい日は病院の中でもいろいろ話をしたっけな。
この2年、長く息をしていなかったかのように思う時もあったけど、
その中でも、新しい人と出会い、古い馴染みとも会い、
どうにかこうにか、今にたどり着いたような感覚がある。
5月の連休は、そういう想い出の詰まったイベントに参加する。
これで、ようやく何かが一区切りつくだろう。
今まで幾度となく、参加したり、一緒に企画したり、
ドタバタと大変な時もあったけど、楽しかったな。
「不思議と飽きないんだよね」って言ってたよね。
これからも一緒にやっていけるならね、って返すかな。
ちょっと休んで、そしたら、何をしたくなるだろう。
プールに行って、散歩をして、ねこと昼寝をして。
でもとりあえず、何もしない、何の予定も決めない休日を、
しばらくは味わってみたいなと思う。
2017/03/30
落とし穴?
転職してから、こういう風に仕事を進めたらいいんじゃないか、
という内容が思い付かず、苦戦している。
とりあえず様子を見てきた9ヶ月。
長かった。
さっきふいに、やっと、こうしてみたらどうか、ということを思いついた。
これが仕事内容です、と、明示された内容に、
ずいぶん縛られていたもんだ、と気がついた。
そもそも、誰にとって何が必要なことなのか。
もともと福祉の仕事って、無くて成り立つならそれがいい。
お互いに補いあったり、知らない人でもちょっと手を貸すとか
困りましたと誰にでも気軽に言い合える世の中になるとか。
自分が福祉の仕事を続けるために、
誰かに仕事を作り出してもらっているって
なんか変だなと思った。
自分が働いた感を得るために仕事をするのも変。
自分の仕事が無くなるように、
最善の努力をするんだった、というのを思い出した。
それでも何かすることが残れば、
それはきっと必要な仕事ってことだろう。
全く未知の、知らない仕事を始めると、
なんで?と思いながらも、そういうもんなのかなと思ってしまう。
これが落とし穴だよな、と思った。
という内容が思い付かず、苦戦している。
とりあえず様子を見てきた9ヶ月。
長かった。
さっきふいに、やっと、こうしてみたらどうか、ということを思いついた。
これが仕事内容です、と、明示された内容に、
ずいぶん縛られていたもんだ、と気がついた。
そもそも、誰にとって何が必要なことなのか。
もともと福祉の仕事って、無くて成り立つならそれがいい。
お互いに補いあったり、知らない人でもちょっと手を貸すとか
困りましたと誰にでも気軽に言い合える世の中になるとか。
自分が福祉の仕事を続けるために、
誰かに仕事を作り出してもらっているって
なんか変だなと思った。
自分が働いた感を得るために仕事をするのも変。
自分の仕事が無くなるように、
最善の努力をするんだった、というのを思い出した。
それでも何かすることが残れば、
それはきっと必要な仕事ってことだろう。
全く未知の、知らない仕事を始めると、
なんで?と思いながらも、そういうもんなのかなと思ってしまう。
これが落とし穴だよな、と思った。
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