もうどうしようもない、と思った時。
一生懸命何かをしている人の、作る作品、歌、話に触れると、
知らないうちに涙が出てて、びっくりする。
びっくりした。
やっぱり私、悲しかったんだと気が付いた。
で、悲しいことがあったときは、落ち込んでもいいじゃないか、
と思った。
そして、とことん悲しさを感じてみたらいいのかもしれない、と思った。
けど怖くてできない。
帰って来られるのかな。
でも、それって、どこからどこに帰ってくるんだろう?
そもそも帰ってこなくてもいいのかも?
そもそも、どこにも行かないのかも?
…グルグルする。
こういう時は、終着点なく、頭にチラついたことを、
そういう話を聞いてくれそうな人に、
手あたり次第話してみるのがいいのかもしれない。
と思った。
2018年4月25日より、移行しました。 今までありがとうございました。 note(ノート) https://note.mu/kuronekokuroko/n/n446abf3d5597
2016/11/30
2016/11/02
『出会う』ということ
今日はとても曖昧なことを書きたくなった。
出会いって、実際に顔を合わせた回数でも、
日数でも、時間でもないのかもしれないと思った。
たった1度の対面で、ずっと昔から知っているような気がすることもあるし、
とても強力な生きる力を、お互いにもらうあうこともある。
一度も顔を合わせたことがなくても出会うこともあると思う。
出会うって、一体なんなんだろうな。
何度も顔を合わせていても、まだ出会ってないこともあるし、
また、長く付き合っていくうちに育つ出会いもある。
こういうのを“縁がある”、ともいうのだろうか。
明日は、ほんの小さな偶然の出会いから、
ご縁がご縁を呼んだ集まりがある。
とある友人を偲ぶ会。
ずっといつまでも、こんなことがあったけどどう思う?
と、時々でも会って話をしていきたかった人。
くだらない話もたくさんしたからな~。
あ、この話したら、笑い転げるに違いない、てなこととか、
会話ができないのは、すごく残念だけど、
こんな時に、あの人ならなんていうかな?
きっとこう言うだろうな、というのを自問自答して、
これからも出会っていきたいな、と思う。
くだらない話、と、出会う、っていうのは繋がってるような気もする。
出会いって、実際に顔を合わせた回数でも、
日数でも、時間でもないのかもしれないと思った。
たった1度の対面で、ずっと昔から知っているような気がすることもあるし、
とても強力な生きる力を、お互いにもらうあうこともある。
一度も顔を合わせたことがなくても出会うこともあると思う。
出会うって、一体なんなんだろうな。
何度も顔を合わせていても、まだ出会ってないこともあるし、
また、長く付き合っていくうちに育つ出会いもある。
こういうのを“縁がある”、ともいうのだろうか。
明日は、ほんの小さな偶然の出会いから、
ご縁がご縁を呼んだ集まりがある。
とある友人を偲ぶ会。
ずっといつまでも、こんなことがあったけどどう思う?
と、時々でも会って話をしていきたかった人。
くだらない話もたくさんしたからな~。
あ、この話したら、笑い転げるに違いない、てなこととか、
会話ができないのは、すごく残念だけど、
こんな時に、あの人ならなんていうかな?
きっとこう言うだろうな、というのを自問自答して、
これからも出会っていきたいな、と思う。
くだらない話、と、出会う、っていうのは繋がってるような気もする。
2016/10/16
親しすぎないこと
1人でどこかに出かける、というのが、すごく好き。
何とも言えない解放感がある。
今日は、世田谷美術館に、若松英輔さんという人の話を聞きに行ってきた。
無料、というで、整理券を目指して早めに出発。
大きな桜の木がたくさんある砧公園の中を通って。
東側は空いていたのに、美術館の辺りはとても人が多かった。
志村ふくみさんという方の織物の展示がされていて、
若松さんのお話は、その一端の講演ということ。
結局、誰かの話が聞きたくなり、誰かのしてきた仕事を見たくなり、
“人”に会いにいくのだけど、1人がいい。
もっと正確に言うと、一緒にいても一人でいるときのような解放感がある。
顔見知りになっても親しすぎずに付き合える。
友だちって、そういう人がいいな、と思う。
いや、そういう人に会うと、あえて友だちって言いたくなるのかな、と思った。
何とも言えない解放感がある。
今日は、世田谷美術館に、若松英輔さんという人の話を聞きに行ってきた。
無料、というで、整理券を目指して早めに出発。
大きな桜の木がたくさんある砧公園の中を通って。
東側は空いていたのに、美術館の辺りはとても人が多かった。
志村ふくみさんという方の織物の展示がされていて、
若松さんのお話は、その一端の講演ということ。
結局、誰かの話が聞きたくなり、誰かのしてきた仕事を見たくなり、
“人”に会いにいくのだけど、1人がいい。
もっと正確に言うと、一緒にいても一人でいるときのような解放感がある。
顔見知りになっても親しすぎずに付き合える。
友だちって、そういう人がいいな、と思う。
いや、そういう人に会うと、あえて友だちって言いたくなるのかな、と思った。
2016/09/04
お墓参りは朝早く
あの世でも仕事があって忙しいらしい。
毎日働かなければならないのだけど、
誰かがお墓参りに来てくれた日は、休むことが出来る。
その日のお参りが遅い時間になると、休む時間が減ってしまう。
だからお参りは、朝早く行った方がいい。
早く行かないとムスッとされるよ。
と小さい頃に、父がよく話していた。
どうも、父に常々こういう話をして、
「わしが死んだら頼むよ」と言っていたおじさんがいたらしい。
そんなわけで、お墓参りというと、
必ず早起きしてでかけることになっていた。
お墓までは実際にいけなくても、
手を止めてお参りをすれば、もしかすると1日休めるのかもしれない、
と思ったりもする。
親しい友人が息をひきとったと数日前に知った。
出会ってから8年。
8年かぁ。
遠方に住んでいたけど、スカイプでしょっちゅう話をしたり、
数か月~半年に1回くらいは顔を合わせて、
お互いに、こんなことがあって、こんな感じだった、
今はこんなことに興味がある、次はこんなことをしてみたいと、
いつも延々と話が尽きなかった。
ここ1年は体調を崩して、それまでのように頻繁に話すことはできなくなったけど、
会うと、いつも通りで、話は尽きなかった。
声が聴けないのは、やっぱりちょっと…寂しいな。
でも、そんなに寂しくない。
ここ数日、その友人のことで、たくさんの人とメールをしたり話をした。
こんなにたくさんの人々が私の周りにいたんだと気がついた。
その友人のことを話せる人がたくさんいる。
こんなにありがたいことはないな、と思う。
でもやっぱり、ふとした時にちょっと寂しいけど。。。
出会いは別れの始まり、と、よく聞く。
別れはつらい。
じゃあ、出会わない方がよかった?と自分に問いかけたりして。
考えてみたりして。
ううーん。
……。
やっぱり。
出会えてよかったな、と、心から思う。
毎日働かなければならないのだけど、
誰かがお墓参りに来てくれた日は、休むことが出来る。
その日のお参りが遅い時間になると、休む時間が減ってしまう。
だからお参りは、朝早く行った方がいい。
早く行かないとムスッとされるよ。
と小さい頃に、父がよく話していた。
どうも、父に常々こういう話をして、
「わしが死んだら頼むよ」と言っていたおじさんがいたらしい。
そんなわけで、お墓参りというと、
必ず早起きしてでかけることになっていた。
お墓までは実際にいけなくても、
手を止めてお参りをすれば、もしかすると1日休めるのかもしれない、
と思ったりもする。
親しい友人が息をひきとったと数日前に知った。
出会ってから8年。
8年かぁ。
遠方に住んでいたけど、スカイプでしょっちゅう話をしたり、
数か月~半年に1回くらいは顔を合わせて、
お互いに、こんなことがあって、こんな感じだった、
今はこんなことに興味がある、次はこんなことをしてみたいと、
いつも延々と話が尽きなかった。
ここ1年は体調を崩して、それまでのように頻繁に話すことはできなくなったけど、
会うと、いつも通りで、話は尽きなかった。
声が聴けないのは、やっぱりちょっと…寂しいな。
でも、そんなに寂しくない。
ここ数日、その友人のことで、たくさんの人とメールをしたり話をした。
こんなにたくさんの人々が私の周りにいたんだと気がついた。
その友人のことを話せる人がたくさんいる。
こんなにありがたいことはないな、と思う。
でもやっぱり、ふとした時にちょっと寂しいけど。。。
出会いは別れの始まり、と、よく聞く。
別れはつらい。
じゃあ、出会わない方がよかった?と自分に問いかけたりして。
考えてみたりして。
ううーん。
……。
やっぱり。
出会えてよかったな、と、心から思う。
2016/08/26
20年前には信じられなかったこと。
年を重ねる。
って、なるほどな~と思うことが増えるな、と思う。
この夏、見事に夏風邪をひいてしまい、
かれこれ3週間経つが、まだちょっと残ってる感じがするな~。
って思って、ハッとした。
20代前半の頃、職場の40代の先輩が、
「風邪がなかなか治らないのよ。もう1か月近く続いてる。」
と言っているのを聞いて、とても驚いた記憶がある。
風邪なんて1週間もあれば、スッキリ治るに決まっている、
1か月も風邪をひき続けるって、よっぽど体が弱いのか、
と、その時は思ったんだった。
ところが。
40代に突入した今、あああ、なるほど~と思う。
ちなみに、職場の60代の先輩に、風邪がなかなか治らないと話したら、
「大丈夫、50代になれば、風邪をひく前に、ひくってわかるようになるから」と。
とても心強いお言葉をいただいた。
年の功ってすばらしい!と言うしかない。
20年前には緊張してできなかったことも、今は、そんなに緊張せずにできたり、
難しい…と思ってたことが、意外にそうでもないと思ったり。
まだまだ苦手なことはたくさんあるけど、
少しずつ、難なくできることが増えてきた気もする。
楽になってくるなんて、20年前には全く想像できなかったし、
そういわれても、まったくピンと来なかった。
年を重ねれば実感できるようになる、とも、思わなかった。
年下の人と話すのは、ずっと苦手だったけど、
今となっては、自分よりかなり若い人と話をするのが、とても楽しい。
変われば変わるもんだ。
これからどうなっていくか、って、ほんと未知。
って、なるほどな~と思うことが増えるな、と思う。
この夏、見事に夏風邪をひいてしまい、
かれこれ3週間経つが、まだちょっと残ってる感じがするな~。
って思って、ハッとした。
20代前半の頃、職場の40代の先輩が、
「風邪がなかなか治らないのよ。もう1か月近く続いてる。」
と言っているのを聞いて、とても驚いた記憶がある。
風邪なんて1週間もあれば、スッキリ治るに決まっている、
1か月も風邪をひき続けるって、よっぽど体が弱いのか、
と、その時は思ったんだった。
ところが。
40代に突入した今、あああ、なるほど~と思う。
ちなみに、職場の60代の先輩に、風邪がなかなか治らないと話したら、
「大丈夫、50代になれば、風邪をひく前に、ひくってわかるようになるから」と。
とても心強いお言葉をいただいた。
年の功ってすばらしい!と言うしかない。
20年前には緊張してできなかったことも、今は、そんなに緊張せずにできたり、
難しい…と思ってたことが、意外にそうでもないと思ったり。
まだまだ苦手なことはたくさんあるけど、
少しずつ、難なくできることが増えてきた気もする。
楽になってくるなんて、20年前には全く想像できなかったし、
そういわれても、まったくピンと来なかった。
年を重ねれば実感できるようになる、とも、思わなかった。
年下の人と話すのは、ずっと苦手だったけど、
今となっては、自分よりかなり若い人と話をするのが、とても楽しい。
変われば変わるもんだ。
これからどうなっていくか、って、ほんと未知。
2016/05/13
アフリカからきたネコ
ネコがしゃべったらな・・・。
・・・アフリカのとある海のある町に
ちょっと怖がりのしましまのねこがいた。
ポカポカ陽気のある日、しましまのねこは海辺を散歩していた。
すると、
「ボー――!!!!!」
大きな汽笛が。
その音に、しましまのねこはおどろいた。
逃げた先は船
ちょうどいい木箱があった。
えいっ!
しばらくここにかくれていよう。
じっとしていると、ふいに眠くなって寝てしまった。
船は港を離れ、遠い遠い国に向かっていった。
むにゃむにゃ、おなかがへったな。
起きて外に出てみたら、あれ?ここはどこだ?
見たことのないとこだ。
でもま、いいや。
ごはんはないかな?
わ、魚がおいてある。ありがとう!
「いただきます。」
そして食べたら、また眠くなって、木箱に入って眠った。
そんなこんなでのらりくらり、
しましまのネコの長い旅は始まった。
あれ?なんかさわがしいな。
何日たっただろう。
いつも通り木箱で昼寝をしていると、急に辺りがにぎやかになった。
木箱を運ぶ人たち。
その時、
わ!ネコがいる!!!
しましまのネコの木箱を持った人は、驚いて木箱を落としてしまった。
おどろいたしましまのネコは、あわてて逃げた。
逃げた先は、日本という国だった。
・・・って、そんなわけないか!
うちのななせは、8歳でシェルターに入って、その後うちに来たけど、
いったいどこで生まれて、どこから来たんだろう?
と、うちのダンナが、時々「どこからきた?」とネコに聞く。
ななせは、しれ~と寝ている。
それで、船に乗ってアフリカからきたに違いない、
と、何度も言うのでおもしろくて物語を作ってみた。
そんなわけない、と思ったものの、そうだったらおもしろいなあ。
ネコは自分の経歴を語ったりしないけど、
一緒に暮らすには支障ない。
人間は、経歴や素性がわからないと、怪しい人のような気がするけど。
どうしてなんだろう?
生まれも経歴もわからない、アフリカから来たかもしれない、しましまのネコは、
今となりで、
ぐっすり寝てます。
・・・アフリカのとある海のある町に
ちょっと怖がりのしましまのねこがいた。
ポカポカ陽気のある日、しましまのねこは海辺を散歩していた。
すると、
「ボー――!!!!!」
大きな汽笛が。
その音に、しましまのねこはおどろいた。
逃げた先は船
ちょうどいい木箱があった。
えいっ!
しばらくここにかくれていよう。
じっとしていると、ふいに眠くなって寝てしまった。
船は港を離れ、遠い遠い国に向かっていった。
むにゃむにゃ、おなかがへったな。
起きて外に出てみたら、あれ?ここはどこだ?
見たことのないとこだ。
でもま、いいや。
ごはんはないかな?
わ、魚がおいてある。ありがとう!
「いただきます。」
そして食べたら、また眠くなって、木箱に入って眠った。
そんなこんなでのらりくらり、
しましまのネコの長い旅は始まった。
あれ?なんかさわがしいな。
何日たっただろう。
いつも通り木箱で昼寝をしていると、急に辺りがにぎやかになった。
木箱を運ぶ人たち。
その時、
わ!ネコがいる!!!
しましまのネコの木箱を持った人は、驚いて木箱を落としてしまった。
おどろいたしましまのネコは、あわてて逃げた。
逃げた先は、日本という国だった。
・・・って、そんなわけないか!
うちのななせは、8歳でシェルターに入って、その後うちに来たけど、
いったいどこで生まれて、どこから来たんだろう?
と、うちのダンナが、時々「どこからきた?」とネコに聞く。
ななせは、しれ~と寝ている。
それで、船に乗ってアフリカからきたに違いない、
と、何度も言うのでおもしろくて物語を作ってみた。
そんなわけない、と思ったものの、そうだったらおもしろいなあ。
ネコは自分の経歴を語ったりしないけど、
一緒に暮らすには支障ない。
人間は、経歴や素性がわからないと、怪しい人のような気がするけど。
どうしてなんだろう?
生まれも経歴もわからない、アフリカから来たかもしれない、しましまのネコは、
今となりで、
ぐっすり寝てます。
2016/03/26
成長するって、なんだろう?と思ったこと
初めて学童で働き始めた時に1年生だった子たちが卒業を迎えたので、
お見送りに行ってきた。
みんな大きくなっていた。
何年も会ってなかったのに、顔を見たら、あんな話をしたなとか、
こんなことで泣いてたな、とか、いろんな記憶がよみがえってきた。
くるくる一人で回っていて、何してるの?と聞いたら
「空気と遊んでるの」と楽しそうにしていた子も、
まだ遊ぶから帰りたくないと、校庭の隅っこでうずくまっていた子も、
順番ねと言っても、割り込んで先におやつを持って行ってた子も、
きちんと並んで卒業式に出ていて、、、
こういうのを成長と呼ぶのかな、と思ったとこで疑問が湧いた。
ちらっとのぞいた卒業式では、
校長先生が立った途端に、一斉にみんな起立したり、
順番に一人ずつ、卒業証書を受け取るという恒例の儀式。
誰も目立つこともなく、同じように式を進行していて、
何回も練習したんだろうな、というのが伝わってきた。
自分が小学校の卒業式に出たときのことを思い出した。
みんなと同じように、きちんとできることが大人、なような感じがしてたこと。
こういう風に、きちんとできることが成長、と言われてきたこと、
でも、それって。
それって本当にそうなんだろうか?
成長するって、なんなんだろう。
得体のしれない違和感を感じながらも、
6年生別れの言葉と歌を聞いてたら、泣けてきた。
小さい頃の顔がちらつく子たちが、
急に大きくなって、どっかにいってしまったような感じっていうか。
式の後、学童の頃にみんなでワイワイ遊んでいた子は、
いろんな人と写真を撮ってはしゃいでいて、
相変わらずだな~と、ボーッと眺めていたら、
1年生の時に、友だちとのことで話をして、すっきりしないまま、2年になったら学童にあまり来なくなっていた子に声をかけられた。
仲のいい子とケンカをした、仲直りをするにはどうしたらいい?と聞かれて、
どんなことが起こっているのか、ああだこうだと、話を聞いて、
何か方法はないか、いろいろ話をしたけど、結局アイデアが出て来なくて、
「解決しないね、しょうがないか」という曖昧なまま終わった話は印象的だった。
ケンカしたけど、自分の言いたいことは伝えたかったから、あのケンカはしょうがなかった、仲直りしたい気持ちはあるけど、友だちはすごく怒っているから難しい。
困ったことがあったら大人に言ってって言うけど、大人に言っても解決しないよね、と。
特にしたい遊びもないし、つまらない、と言っていた。
すっきりしなかったこの話は、今でも覚えている。
なんなんだかなあ、と。
何とも言えない後味。
どうにもならない現実は子どもにも襲ってくる。
今思うと、それを7歳で正面から受け取っていたのかもな、と。
力強かったんだな、と。
その時は、なんだか子どもらしくないことを話す子だな、
何もしてあげられなかったな、と思っていた。
声はかけられたけど、特に話はないみたいで、
1年生の頃によく学童にきてたよね?と聞いてみたら、
そうそう、たしか2年生になって、友だちと遊んだり留守番をできるようになったから、学童は行かなくなったんだ~と。
そして、中学校に行ったら部活入るの?と聞いてみた。
「バスケ部に入るんだ~やってみたかったから」と
ちょっと下を向いて、でも、にこっとして楽しみにしているのが伝わってきた。
ちょっと驚いた。
やってみたいことができたんだ。
相変わらず、はしゃいだ様子もないけど、これからちょっと楽しみという感じがにじみ出る。
なんだか、知らない間に成長したんだなと思った。
お見送りに行ってきた。
みんな大きくなっていた。
何年も会ってなかったのに、顔を見たら、あんな話をしたなとか、
こんなことで泣いてたな、とか、いろんな記憶がよみがえってきた。
くるくる一人で回っていて、何してるの?と聞いたら
「空気と遊んでるの」と楽しそうにしていた子も、
まだ遊ぶから帰りたくないと、校庭の隅っこでうずくまっていた子も、
順番ねと言っても、割り込んで先におやつを持って行ってた子も、
きちんと並んで卒業式に出ていて、、、
こういうのを成長と呼ぶのかな、と思ったとこで疑問が湧いた。
ちらっとのぞいた卒業式では、
校長先生が立った途端に、一斉にみんな起立したり、
順番に一人ずつ、卒業証書を受け取るという恒例の儀式。
誰も目立つこともなく、同じように式を進行していて、
何回も練習したんだろうな、というのが伝わってきた。
自分が小学校の卒業式に出たときのことを思い出した。
みんなと同じように、きちんとできることが大人、なような感じがしてたこと。
こういう風に、きちんとできることが成長、と言われてきたこと、
でも、それって。
それって本当にそうなんだろうか?
成長するって、なんなんだろう。
得体のしれない違和感を感じながらも、
6年生別れの言葉と歌を聞いてたら、泣けてきた。
小さい頃の顔がちらつく子たちが、
急に大きくなって、どっかにいってしまったような感じっていうか。
式の後、学童の頃にみんなでワイワイ遊んでいた子は、
いろんな人と写真を撮ってはしゃいでいて、
相変わらずだな~と、ボーッと眺めていたら、
1年生の時に、友だちとのことで話をして、すっきりしないまま、2年になったら学童にあまり来なくなっていた子に声をかけられた。
仲のいい子とケンカをした、仲直りをするにはどうしたらいい?と聞かれて、
どんなことが起こっているのか、ああだこうだと、話を聞いて、
何か方法はないか、いろいろ話をしたけど、結局アイデアが出て来なくて、
「解決しないね、しょうがないか」という曖昧なまま終わった話は印象的だった。
ケンカしたけど、自分の言いたいことは伝えたかったから、あのケンカはしょうがなかった、仲直りしたい気持ちはあるけど、友だちはすごく怒っているから難しい。
困ったことがあったら大人に言ってって言うけど、大人に言っても解決しないよね、と。
特にしたい遊びもないし、つまらない、と言っていた。
すっきりしなかったこの話は、今でも覚えている。
なんなんだかなあ、と。
何とも言えない後味。
どうにもならない現実は子どもにも襲ってくる。
今思うと、それを7歳で正面から受け取っていたのかもな、と。
力強かったんだな、と。
その時は、なんだか子どもらしくないことを話す子だな、
何もしてあげられなかったな、と思っていた。
声はかけられたけど、特に話はないみたいで、
1年生の頃によく学童にきてたよね?と聞いてみたら、
そうそう、たしか2年生になって、友だちと遊んだり留守番をできるようになったから、学童は行かなくなったんだ~と。
そして、中学校に行ったら部活入るの?と聞いてみた。
「バスケ部に入るんだ~やってみたかったから」と
ちょっと下を向いて、でも、にこっとして楽しみにしているのが伝わってきた。
ちょっと驚いた。
やってみたいことができたんだ。
相変わらず、はしゃいだ様子もないけど、これからちょっと楽しみという感じがにじみ出る。
なんだか、知らない間に成長したんだなと思った。
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