初めて学童で働き始めた時に1年生だった子たちが卒業を迎えたので、
お見送りに行ってきた。
みんな大きくなっていた。
何年も会ってなかったのに、顔を見たら、あんな話をしたなとか、
こんなことで泣いてたな、とか、いろんな記憶がよみがえってきた。
くるくる一人で回っていて、何してるの?と聞いたら
「空気と遊んでるの」と楽しそうにしていた子も、
まだ遊ぶから帰りたくないと、校庭の隅っこでうずくまっていた子も、
順番ねと言っても、割り込んで先におやつを持って行ってた子も、
きちんと並んで卒業式に出ていて、、、
こういうのを成長と呼ぶのかな、と思ったとこで疑問が湧いた。
ちらっとのぞいた卒業式では、
校長先生が立った途端に、一斉にみんな起立したり、
順番に一人ずつ、卒業証書を受け取るという恒例の儀式。
誰も目立つこともなく、同じように式を進行していて、
何回も練習したんだろうな、というのが伝わってきた。
自分が小学校の卒業式に出たときのことを思い出した。
みんなと同じように、きちんとできることが大人、なような感じがしてたこと。
こういう風に、きちんとできることが成長、と言われてきたこと、
でも、それって。
それって本当にそうなんだろうか?
成長するって、なんなんだろう。
得体のしれない違和感を感じながらも、
6年生別れの言葉と歌を聞いてたら、泣けてきた。
小さい頃の顔がちらつく子たちが、
急に大きくなって、どっかにいってしまったような感じっていうか。
式の後、学童の頃にみんなでワイワイ遊んでいた子は、
いろんな人と写真を撮ってはしゃいでいて、
相変わらずだな~と、ボーッと眺めていたら、
1年生の時に、友だちとのことで話をして、すっきりしないまま、2年になったら学童にあまり来なくなっていた子に声をかけられた。
仲のいい子とケンカをした、仲直りをするにはどうしたらいい?と聞かれて、
どんなことが起こっているのか、ああだこうだと、話を聞いて、
何か方法はないか、いろいろ話をしたけど、結局アイデアが出て来なくて、
「解決しないね、しょうがないか」という曖昧なまま終わった話は印象的だった。
ケンカしたけど、自分の言いたいことは伝えたかったから、あのケンカはしょうがなかった、仲直りしたい気持ちはあるけど、友だちはすごく怒っているから難しい。
困ったことがあったら大人に言ってって言うけど、大人に言っても解決しないよね、と。
特にしたい遊びもないし、つまらない、と言っていた。
すっきりしなかったこの話は、今でも覚えている。
なんなんだかなあ、と。
何とも言えない後味。
どうにもならない現実は子どもにも襲ってくる。
今思うと、それを7歳で正面から受け取っていたのかもな、と。
力強かったんだな、と。
その時は、なんだか子どもらしくないことを話す子だな、
何もしてあげられなかったな、と思っていた。
声はかけられたけど、特に話はないみたいで、
1年生の頃によく学童にきてたよね?と聞いてみたら、
そうそう、たしか2年生になって、友だちと遊んだり留守番をできるようになったから、学童は行かなくなったんだ~と。
そして、中学校に行ったら部活入るの?と聞いてみた。
「バスケ部に入るんだ~やってみたかったから」と
ちょっと下を向いて、でも、にこっとして楽しみにしているのが伝わってきた。
ちょっと驚いた。
やってみたいことができたんだ。
相変わらず、はしゃいだ様子もないけど、これからちょっと楽しみという感じがにじみ出る。
なんだか、知らない間に成長したんだなと思った。
2018年4月25日より、移行しました。 今までありがとうございました。 note(ノート) https://note.mu/kuronekokuroko/n/n446abf3d5597
2016/03/26
2016/03/08
読むと書く、というワークショップに参加しました。
今日、若松英輔さんの、読むと書くというワークショップに行った。
まだ、ちょっと興奮ぎみかも。
「読む」について、「書く」について、「言葉」について、「おもい」について、
考えないで心のおもむくままに書き始めてみる。
自分の心に響く言葉を書き出してみる、
書き出したその言葉に「タイトル」をつけてみる、
それにどんな「色」を感じるか、書いてみる。
なんだろう。
書く前からワクワクした。
そして、今でも頭に響いて残っている言葉が。
「言葉を絵画のように見られなくなったのは、いつからだろう?」
自分の好みではない絵を見ても、批判する人はいないのに、
言葉になると、自分と合わない時どうして批判するのだろう?という問いかけ。
合わなかったらほっておけばいいのに、と。
確かにそうだけど。
どうしても自分と合わないことを言わずには居られない時ってある。
ほんとに、どうしてなんだろう?
言葉の、色や形、におい、その意味は。
もし言葉を絵画のように見ることができたら、
ドロッとして淀んでいる何かが少しずつ動いてくるような気もした。
今まで、書く、と、読む、について、深く考えたことがなかった。
おもしろかった。
いつも、何かを言葉にしようと思っても全部書ききれないから、
なんとなく嘘をついているような気がする時もあった。
今日の話の中で、全部を書ききれるはずはないけど、
その中の少しの輪郭を書いておけば、
読んだ誰かが、その輪郭の続きを想像することができる、っていう話があって、
ゾワゾワする感じがした。
書くって、なんだ!!!
すごいじゃないか。
ほんと、
今日は楽しかった。
まだ、ちょっと興奮ぎみかも。
「読む」について、「書く」について、「言葉」について、「おもい」について、
考えないで心のおもむくままに書き始めてみる。
自分の心に響く言葉を書き出してみる、
書き出したその言葉に「タイトル」をつけてみる、
それにどんな「色」を感じるか、書いてみる。
なんだろう。
書く前からワクワクした。
そして、今でも頭に響いて残っている言葉が。
「言葉を絵画のように見られなくなったのは、いつからだろう?」
自分の好みではない絵を見ても、批判する人はいないのに、
言葉になると、自分と合わない時どうして批判するのだろう?という問いかけ。
合わなかったらほっておけばいいのに、と。
確かにそうだけど。
どうしても自分と合わないことを言わずには居られない時ってある。
ほんとに、どうしてなんだろう?
言葉の、色や形、におい、その意味は。
もし言葉を絵画のように見ることができたら、
ドロッとして淀んでいる何かが少しずつ動いてくるような気もした。
今まで、書く、と、読む、について、深く考えたことがなかった。
おもしろかった。
いつも、何かを言葉にしようと思っても全部書ききれないから、
なんとなく嘘をついているような気がする時もあった。
今日の話の中で、全部を書ききれるはずはないけど、
その中の少しの輪郭を書いておけば、
読んだ誰かが、その輪郭の続きを想像することができる、っていう話があって、
ゾワゾワする感じがした。
書くって、なんだ!!!
すごいじゃないか。
ほんと、
今日は楽しかった。
2016/02/21
中2階
昨日、ネコの行動学というセミナーにいった。
改めて話を聞いても、やっぱりネコって、おもしろい。
会場の近くに、かねてから行ってみたかった美術館があって、
終わってから意を決して行ってみた。
ワタリウム美術館。
ですが。
入ったとたん、あんまり味わったことのない空間に緊張。
どうしようと思ったとたんに目に入ったのが、「地下→カフェ」の文字が。
一目散に地下に直行した。
中2階しか席が空いてないとのことで、
案内されるがままに、中2階の席に座った。
なにがなんだかわからないまま、
「ご注文は?」と聞かれて、メニューをハッとみて、
アールグレイ、と、目に飛び込んだのを注文。
えええ、アールグレイって、どんな味だっけ?と自分で驚きつつ、
そこで水を飲んだら、ようやくちょっと落ち着いた。
結構深い地下の空間に、コンクリートのまるい太い柱、
その壁には、やたら縦に長い本棚。
本棚にかかった長いはしご。
「モモ」の世界に飛び込んだような、
そういうのをすべて、一望できる席だった。
どうも、地下は本屋も兼ねているようだった。
ネコは高いところから下を見下ろすのがすきですよね~
と、セミナーで聞いた話を思い出した。
たしかに、ちょっと高いところからの眺めって、気持ちよいもんだ。
中2階。
いいなあ。
もともと屋根裏部屋が、すごく好きなのですが、
中2階の方が好きかもしれない。
500円とリーズナブルなアールグレイのティーポットは、
透明で、中の銀色の茶こしがキラキラして、
で、とても、おいしかった。
持っていた本を読み始めたら、
いつもより、本にぐぐぐっと入っていく感じで、
はっと気がついたら、1時間以上読み入っていた。
いつもだったら10分足らずで疲れてしまうけど、
なんだろう、とても本が読みやすい。
光の加減なのか、空間の力なのか。
とても居心地がよかった。
また行きたいな~。
できれば美術館の方にも、いつか。
カフェの店員さんが、いろんなお客さんに、
「これは今年読んだ中で一番おもしろかった!」と言っていた本が気になって、
帰りに買ってみた。
味、の感覚が人とはちょっと違う人にインタビューをしてる本らしい。
その人の感覚で作った料理をおいしいと思う人も多かったらしい。
その人が出したお店が新宿にあるらしい。
なんと。
そこにも行ってみたいな。
改めて話を聞いても、やっぱりネコって、おもしろい。
会場の近くに、かねてから行ってみたかった美術館があって、
終わってから意を決して行ってみた。
ワタリウム美術館。
ですが。
入ったとたん、あんまり味わったことのない空間に緊張。
どうしようと思ったとたんに目に入ったのが、「地下→カフェ」の文字が。
一目散に地下に直行した。
中2階しか席が空いてないとのことで、
案内されるがままに、中2階の席に座った。
なにがなんだかわからないまま、
「ご注文は?」と聞かれて、メニューをハッとみて、
アールグレイ、と、目に飛び込んだのを注文。
えええ、アールグレイって、どんな味だっけ?と自分で驚きつつ、
そこで水を飲んだら、ようやくちょっと落ち着いた。
結構深い地下の空間に、コンクリートのまるい太い柱、
その壁には、やたら縦に長い本棚。
本棚にかかった長いはしご。
「モモ」の世界に飛び込んだような、
そういうのをすべて、一望できる席だった。
どうも、地下は本屋も兼ねているようだった。
ネコは高いところから下を見下ろすのがすきですよね~
と、セミナーで聞いた話を思い出した。
たしかに、ちょっと高いところからの眺めって、気持ちよいもんだ。
中2階。
いいなあ。
もともと屋根裏部屋が、すごく好きなのですが、
中2階の方が好きかもしれない。
500円とリーズナブルなアールグレイのティーポットは、
透明で、中の銀色の茶こしがキラキラして、
で、とても、おいしかった。
持っていた本を読み始めたら、
いつもより、本にぐぐぐっと入っていく感じで、
はっと気がついたら、1時間以上読み入っていた。
いつもだったら10分足らずで疲れてしまうけど、
なんだろう、とても本が読みやすい。
光の加減なのか、空間の力なのか。
とても居心地がよかった。
また行きたいな~。
できれば美術館の方にも、いつか。
カフェの店員さんが、いろんなお客さんに、
「これは今年読んだ中で一番おもしろかった!」と言っていた本が気になって、
帰りに買ってみた。
味、の感覚が人とはちょっと違う人にインタビューをしてる本らしい。
その人の感覚で作った料理をおいしいと思う人も多かったらしい。
その人が出したお店が新宿にあるらしい。
なんと。
そこにも行ってみたいな。
2016/02/15
体の力を抜いてみる
太極拳を学んでいる人と話をした。
その中で、ああと納得することがあった。
『体が変わると、考えとか気持ちも変わる』
私は常々、どうしても頭から離れないこととか、なんか嫌だな~と思うことがあると、
シャワーを浴びながら、またはシャワーから出てからじっくり考えるようにしていた。
おもしろいもので、そうすると、たいがいシャワーから出たころには、
入る前に何を考えてたんだっけ?となっている。
それで、まあ、なんでもいいかと思っていたりする。
というのが、不思議だな~と思っていた。
体が変わると気持ちが変わる、考えも変わると聞いて、
妙に、腑に落ちた。
よくよく、シャワーを浴びてる時のことを思うと、
最初は、シャワーを浴びながら、あのことを考えるんだった、
と思い出そうとしてみる。
のだけど。
「床のタイルが冷たいな~」とか「うわ~あったかい」とか、
だんだん体があったまるにつれて、体を洗ったり、
お湯が体にあたっている感覚が楽しくなってくる。
それで、あのことを考えるんだった、ということも忘れてしまう。
ん~人の体は、結構都合よくできているもんだ。
そして、横隔膜って、知らない間に緊張しているらしい。
ミゾオチのあたりを、軽く押したり、痛いときは手を当てて温めるだけでも、
体の緊張がとれる、というのも聞いた。
寝転んでしてみると、こわばっているかがよくわかる、ということで、
昨日帰ってすぐに試してみたら。
あっという間に、、、昼寝してた。3時間も。
うん、効くみたい。
体が緊張している時と、リラックスしてる時だと、
同じ文章を読んでも、感じ方が全然違う、らしい。
う~ん、たしかにそうかもしれない。
今度、腹の立つメールとか、何かイラッとする文章を発見したら、
ミゾオチをあっためたり、シャワーを浴びたりしてから、
もう1回読んでみて、感じが違うか確かめてみよっと。
その中で、ああと納得することがあった。
『体が変わると、考えとか気持ちも変わる』
私は常々、どうしても頭から離れないこととか、なんか嫌だな~と思うことがあると、
シャワーを浴びながら、またはシャワーから出てからじっくり考えるようにしていた。
おもしろいもので、そうすると、たいがいシャワーから出たころには、
入る前に何を考えてたんだっけ?となっている。
それで、まあ、なんでもいいかと思っていたりする。
というのが、不思議だな~と思っていた。
体が変わると気持ちが変わる、考えも変わると聞いて、
妙に、腑に落ちた。
よくよく、シャワーを浴びてる時のことを思うと、
最初は、シャワーを浴びながら、あのことを考えるんだった、
と思い出そうとしてみる。
のだけど。
「床のタイルが冷たいな~」とか「うわ~あったかい」とか、
だんだん体があったまるにつれて、体を洗ったり、
お湯が体にあたっている感覚が楽しくなってくる。
それで、あのことを考えるんだった、ということも忘れてしまう。
ん~人の体は、結構都合よくできているもんだ。
そして、横隔膜って、知らない間に緊張しているらしい。
ミゾオチのあたりを、軽く押したり、痛いときは手を当てて温めるだけでも、
体の緊張がとれる、というのも聞いた。
寝転んでしてみると、こわばっているかがよくわかる、ということで、
昨日帰ってすぐに試してみたら。
あっという間に、、、昼寝してた。3時間も。
うん、効くみたい。
体が緊張している時と、リラックスしてる時だと、
同じ文章を読んでも、感じ方が全然違う、らしい。
う~ん、たしかにそうかもしれない。
今度、腹の立つメールとか、何かイラッとする文章を発見したら、
ミゾオチをあっためたり、シャワーを浴びたりしてから、
もう1回読んでみて、感じが違うか確かめてみよっと。
2016/02/07
うららかな
今日は晴れてて気持ちがいい。
うららかな…冬?っていうのかな。
うららか、といえば、春のようなイメージがあるなぁ。
うららかな春のような日っていうのかな。
ええっと。
外の風は、まだ冷たいものの、部屋の中の窓際はポカポカ温かい。
遠慮しいのネコが、珍しくひざで寝てます。
ぐっすりと。
こういう日は頭もポカンとしてるようで、
数日前に、あ、あれ書こうと思ったことを、ちっとも思い出せない。
なんだったかな。
思い出せないのは、ちょっと気持ち悪くもありますが。
これくらい、頭がボーっとしている方が、なんだか気持ちよくもある。
あれも書きたい、あ、これも書きたいと思っている時は、
後でどっと疲れて、急に眠くなったりする。
普段から、知らないうちに、頭って動いてるんだなと思う。
体を使って疲れたら体を休める、頭を使ったら頭を休める。
そういう風にできればよいけど、ついつい気がつかないうちに使いすぎて、
急に熱が出たり、頭が重くなったり、肩が痛くなったり。
体の疲れにいち早く気がついて休む、っていうのが、
もっとも得意なのは、ネコ、だと思う。
さっきまで走り回ってたのに、もう熟睡して触っても起きない、
てな感じです。
野生のままでもないのに、でも、野生の?「感覚」は忘れてない。
ネコを見てると、忘れそうになった感覚がよみがえってくるような気もする。
とかなんとか考えつつ頭を疲れさせてますね。
そういうのも嫌いじゃないですが。
それにしても、ネコの毛って柔らかい。
そして寝顔は、かわいい。
けど、ちょっと足がしびれてきたみたい。
うららかな…冬?っていうのかな。
うららか、といえば、春のようなイメージがあるなぁ。
うららかな春のような日っていうのかな。
ええっと。
外の風は、まだ冷たいものの、部屋の中の窓際はポカポカ温かい。
遠慮しいのネコが、珍しくひざで寝てます。
ぐっすりと。
こういう日は頭もポカンとしてるようで、
数日前に、あ、あれ書こうと思ったことを、ちっとも思い出せない。
なんだったかな。
思い出せないのは、ちょっと気持ち悪くもありますが。
これくらい、頭がボーっとしている方が、なんだか気持ちよくもある。
あれも書きたい、あ、これも書きたいと思っている時は、
後でどっと疲れて、急に眠くなったりする。
普段から、知らないうちに、頭って動いてるんだなと思う。
体を使って疲れたら体を休める、頭を使ったら頭を休める。
そういう風にできればよいけど、ついつい気がつかないうちに使いすぎて、
急に熱が出たり、頭が重くなったり、肩が痛くなったり。
体の疲れにいち早く気がついて休む、っていうのが、
もっとも得意なのは、ネコ、だと思う。
さっきまで走り回ってたのに、もう熟睡して触っても起きない、
てな感じです。
野生のままでもないのに、でも、野生の?「感覚」は忘れてない。
ネコを見てると、忘れそうになった感覚がよみがえってくるような気もする。
とかなんとか考えつつ頭を疲れさせてますね。
そういうのも嫌いじゃないですが。
それにしても、ネコの毛って柔らかい。
そして寝顔は、かわいい。
けど、ちょっと足がしびれてきたみたい。
2016/01/17
遊び歌が違う。
学童で働くようになってから、知らなかった遊びをたくさん覚えた。
「いろいろ七色どんないろ」って言いながら、
鬼に指定された色を探してタッチするまでにつかまったら鬼になる鬼ごっことか、
渦巻き鬼とか、三色ドロケイとか、走り回れる場所が限られている、
都会ならではの、狭い場所でも大勢で楽しめる遊びが、いろいろあるんだな~、
と、新しい遊びに出会うたびに、驚く。
ところが、小さい頃にしてた遊び歌が、ちょいちょい違って戸惑うこともある。
たとえば。
☆だるまさんがころんだは、
「ぼんさんがへをこいた」の方が、断然主流だったけど、
誰もそんなこと言う子はいなくて、ちょっと寂しかった。
☆はないちもんめは、
・・・「たーんすながもちあの子が欲しい」「あの子じゃわからん」
「この子が欲しい」「この子じゃわからん」
「相談しよう」「そうしよう」
じゃなかった。
↓
・・・「となりのおばさんちょっと来ておくれ」「鬼がいるからいかれない」
「おふとんかぶってちょっと来ておくれ」「おふとんビリビリいかれない」
「お釜かぶってちょっと来ておくれ」「お釜底抜けいかれない」
「あの子がほしい・・・と続く。
なんだか、軽快でおもしろい感じ、と思った。
☆郵便屋さんは、
「郵便屋さん、おはようさん、手紙が落ちました。拾ってあげましょ…」
じゃない。
↓
「郵便屋さん、の落とし物、拾ってあげましょ…」
あ、東京では挨拶しないんだ!と思った。
まあ、最初は、歌詞の長さも言葉も、イントネーションも違うし、
全然タイミングがつかめなかった。
だいぶ慣れてきたら、それはそれでおもしろい。
しかし、あやとりとか、お手玉とか、コマとか共通の遊びとか手遊びも多くて、
福井と東京、離れていても同じものもある、っていうのが、
反対に不思議な気もする。
小学生の頃に、こういうことだけして暮らしたいな~と思ってた遊びを、
たくさんできるのも、学童で働いている特権かもなと思う。
「いろいろ七色どんないろ」って言いながら、
鬼に指定された色を探してタッチするまでにつかまったら鬼になる鬼ごっことか、
渦巻き鬼とか、三色ドロケイとか、走り回れる場所が限られている、
都会ならではの、狭い場所でも大勢で楽しめる遊びが、いろいろあるんだな~、
と、新しい遊びに出会うたびに、驚く。
ところが、小さい頃にしてた遊び歌が、ちょいちょい違って戸惑うこともある。
たとえば。
☆だるまさんがころんだは、
「ぼんさんがへをこいた」の方が、断然主流だったけど、
誰もそんなこと言う子はいなくて、ちょっと寂しかった。
☆はないちもんめは、
・・・「たーんすながもちあの子が欲しい」「あの子じゃわからん」
「この子が欲しい」「この子じゃわからん」
「相談しよう」「そうしよう」
じゃなかった。
↓
・・・「となりのおばさんちょっと来ておくれ」「鬼がいるからいかれない」
「おふとんかぶってちょっと来ておくれ」「おふとんビリビリいかれない」
「お釜かぶってちょっと来ておくれ」「お釜底抜けいかれない」
「あの子がほしい・・・と続く。
なんだか、軽快でおもしろい感じ、と思った。
☆郵便屋さんは、
「郵便屋さん、おはようさん、手紙が落ちました。拾ってあげましょ…」
じゃない。
↓
「郵便屋さん、の落とし物、拾ってあげましょ…」
あ、東京では挨拶しないんだ!と思った。
まあ、最初は、歌詞の長さも言葉も、イントネーションも違うし、
全然タイミングがつかめなかった。
だいぶ慣れてきたら、それはそれでおもしろい。
しかし、あやとりとか、お手玉とか、コマとか共通の遊びとか手遊びも多くて、
福井と東京、離れていても同じものもある、っていうのが、
反対に不思議な気もする。
小学生の頃に、こういうことだけして暮らしたいな~と思ってた遊びを、
たくさんできるのも、学童で働いている特権かもなと思う。
2015/12/18
難しい質問
「これから先、何かしたいことはある?人生設計とか考えてる?」
と久しぶりに会った友人から聞かれて、答えが出てこなかった。
答えるのがいや、とかでなく、なんだろうと考えてしまった。
これからしたいことは特にない。
でも、なんだか気になる質問で、ここ1か月、ふとした時になんだろう?と、
その質問が頭に浮かんできた。
これからしたいこと、というか、何かしてみようかと思うときは、
今まではいつも、何かきっかけがあって、芋づる式に沸いてきた。
たとえば。
今、隣でねこが寝てる。しかも、ぐっすり。
で、ちょっとなでてみたりして、ゴロゴロ言ったりして。
ずっと、ねこをなでて暮らせたら嬉しいなとは思う。
そうすると、ネコと暮らすためには、カリカリとネコ砂なんかがいるから、
お金が必要なので、何とかしてお金を手に入れないといけない。
自分で何か事業を起こせるわけでもないので、
どこかに所属して働くことになる。
すると職場に行って、いろいろなことが起こる。
できるだけ、快適に仕事をしたいと思う。
とてもストレスのある職場だったり、思いっきり打ち込めない仕事だと、
ちょっとでも働きやすくなるように、手あたり次第思いつくことをする。
働かないわけにはいかないので、いざとなれば転職もいたしかたない。
ネコと快適に暮らしたいと思うだけで、なんだか、結果として、
とてもたくさんのことをする羽目になっている。
てな風に。
これからしたいことって、今したいことから、
あれよあれよと、決まっていくような気がする。
でも、時々、今したいことが、お金に振り回されているように感じる時もあって迷走するときがある。
寒いときは、こたつに入りたい。
暑いときは、ちょっとでも涼しく過ごしたい。
雨が降ったら、雨のあたらないところで眠りたい。
おなかが減ったら、食べ物を手に入れたい。
ネコにふわふわの毛布を買ってあげたい。
たまには、ライブにも行きたい。
旅行に行くなら、ついでに田舎に帰って、母親に顔を見せないと…。
わけのわからない何かに、縛られている感覚に陥ることもある。
そんな時にネコを見ると、あれ?と思う。
ふわふわの毛布があれば、ふわ~っと、気持ちよさそうにその上で寝るけど、
それがなければないで、それなりに、どこででも気持ちよさそうに寝てる。
あってもなくてもいいよ、と言われているような気もする。
できるならしたらいいし、きでなかったらしなくていいんじゃない?
ってな風に。
絶対これがないと生きていけないもの、が、
私よりもかなり少ないんだな、と思ったりもする。
最低限、食べて、雨風がしのげて寝る場所があって、
ネコをなでたり、ねずみのおもちゃで遊んだりできたらいいか、
という感じに思えてくる。
忙しく、がむしゃらにお金を稼ごうとしなくてもよいのか、と。
あ、また、なんだか、何を考えていたのかわからなくなってきた。
う~ん。
これからしたいことを一生懸命考えなくてもいいのかな。
今、本当にしたいことだけに気を向けていたら、
次に何をしたいかが湧いて出てくるのかもしれないな。
こういう答えにくいことを考えてみるのもおもしろいもんだな、と思った。
と久しぶりに会った友人から聞かれて、答えが出てこなかった。
答えるのがいや、とかでなく、なんだろうと考えてしまった。
これからしたいことは特にない。
でも、なんだか気になる質問で、ここ1か月、ふとした時になんだろう?と、
その質問が頭に浮かんできた。
これからしたいこと、というか、何かしてみようかと思うときは、
今まではいつも、何かきっかけがあって、芋づる式に沸いてきた。
たとえば。
今、隣でねこが寝てる。しかも、ぐっすり。
で、ちょっとなでてみたりして、ゴロゴロ言ったりして。
ずっと、ねこをなでて暮らせたら嬉しいなとは思う。
そうすると、ネコと暮らすためには、カリカリとネコ砂なんかがいるから、
お金が必要なので、何とかしてお金を手に入れないといけない。
自分で何か事業を起こせるわけでもないので、
どこかに所属して働くことになる。
すると職場に行って、いろいろなことが起こる。
できるだけ、快適に仕事をしたいと思う。
とてもストレスのある職場だったり、思いっきり打ち込めない仕事だと、
ちょっとでも働きやすくなるように、手あたり次第思いつくことをする。
働かないわけにはいかないので、いざとなれば転職もいたしかたない。
ネコと快適に暮らしたいと思うだけで、なんだか、結果として、
とてもたくさんのことをする羽目になっている。
てな風に。
これからしたいことって、今したいことから、
あれよあれよと、決まっていくような気がする。
でも、時々、今したいことが、お金に振り回されているように感じる時もあって迷走するときがある。
寒いときは、こたつに入りたい。
暑いときは、ちょっとでも涼しく過ごしたい。
雨が降ったら、雨のあたらないところで眠りたい。
おなかが減ったら、食べ物を手に入れたい。
ネコにふわふわの毛布を買ってあげたい。
たまには、ライブにも行きたい。
旅行に行くなら、ついでに田舎に帰って、母親に顔を見せないと…。
わけのわからない何かに、縛られている感覚に陥ることもある。
そんな時にネコを見ると、あれ?と思う。
ふわふわの毛布があれば、ふわ~っと、気持ちよさそうにその上で寝るけど、
それがなければないで、それなりに、どこででも気持ちよさそうに寝てる。
あってもなくてもいいよ、と言われているような気もする。
できるならしたらいいし、きでなかったらしなくていいんじゃない?
ってな風に。
絶対これがないと生きていけないもの、が、
私よりもかなり少ないんだな、と思ったりもする。
最低限、食べて、雨風がしのげて寝る場所があって、
ネコをなでたり、ねずみのおもちゃで遊んだりできたらいいか、
という感じに思えてくる。
忙しく、がむしゃらにお金を稼ごうとしなくてもよいのか、と。
あ、また、なんだか、何を考えていたのかわからなくなってきた。
う~ん。
これからしたいことを一生懸命考えなくてもいいのかな。
今、本当にしたいことだけに気を向けていたら、
次に何をしたいかが湧いて出てくるのかもしれないな。
こういう答えにくいことを考えてみるのもおもしろいもんだな、と思った。
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