今日、ソロライブに行ってきた。
年齢を今調べたら、84歳になられているらしい。
もう80歳を越えておられて、あの演奏だったのか。
どん、どんと、足で床を踏み鳴らしながらリズムをとって、
力強さは数年前と変わらずだった。
年をとればとるほど筋力がアップするのか?と思うほど。
1曲目は「ロングイエローロード」
最後の曲は、hiroshimaの中から「hope」と、
もう1曲演奏されていたのは曲名がわからなかったけど、
とても昔懐かしさを感じるような、おもしろい曲だった。
昨日、小野田少尉が亡くなられたそうで、
予定を変更して「孤軍」を演奏されてた。
小野田少尉のことを聞いて胸が痛み、作曲した曲で、
生前、ご本人の前でも演奏されたことがあり、
その時は、ルー・タバキンにフルートを吹いてもらった。
小野田少尉は、とても喜んで、ステージに上がってこられた
と話をされていた。
「本当は笛が入る曲なので、ピアノだけで弾くのは、
まずいのですけど、今日は弾いちゃいます」
と言って演奏されていた。
私は、ピアノの低い音は苦手なのだけど、
穐吉さんのピアノだと、すごくスッーと聴ける。
ミスタッチをした時に、チッと舌打ちをするような、
勝気さも、荒々しさも、力強さもあるのに、
ゆったりと、本当に、あれは同じピアノなんだろうか、
と疑いたくなるほど、きれいな音色でもあり、
なんか、おちゃめでもある。
何時間聴いてても飽きそうにない。
隣の家に住んで、練習をずっと聴いてられたらいいな、
なんてことを、つい考えてしまう。
もう、お年なので、ソロライブを聴きに行けるのは、
今回が最後だろうか・・・と思いながら行ったのだけど、
終わってみたら、100歳になっても変わらず演奏してるんじゃない?
という感じがした。
また、聴きにいきたい。
2018年4月25日より、移行しました。 今までありがとうございました。 note(ノート) https://note.mu/kuronekokuroko/n/n446abf3d5597
2014/01/18
2013/12/29
2013年残すところ後3日
今年の1年も、やってみたいことがたくさんできて、
充実した1年だったな~と、しみじみ思う。
仕事は転職続きで結構ホネだった。
幸か不幸か、いろんな職場でいろんな人に会った。
流れに身を任せてみたら、こうなった、てな感じだった。
年の瀬に、ブログを書く余裕があるってことで、
いい感じで流れているように思う。
来年の2月から、また、新たな職場になる。
どうなることでしょうね?
何が起こるかはわからないもので、
前もって心配していることは、実際になってみると、
そう困らないもんだ、という実感がある。
来年も、心のおもむくままに、
行けるとこまで流れてみようと思います。
みなさま、よいお年を。
充実した1年だったな~と、しみじみ思う。
仕事は転職続きで結構ホネだった。
幸か不幸か、いろんな職場でいろんな人に会った。
流れに身を任せてみたら、こうなった、てな感じだった。
年の瀬に、ブログを書く余裕があるってことで、
いい感じで流れているように思う。
来年の2月から、また、新たな職場になる。
どうなることでしょうね?
何が起こるかはわからないもので、
前もって心配していることは、実際になってみると、
そう困らないもんだ、という実感がある。
来年も、心のおもむくままに、
行けるとこまで流れてみようと思います。
みなさま、よいお年を。
2013/12/23
何が起こるかわからない!
おととい、急に、矢が花に変わる、のチラシを見たと言って、
一緒に働きませんか?と誘ってくれた人々がいた。
そういう仕事をできたらいいな、と思ってたことを、
試してみられそうな場所で、しかもしかも、
出たい研修があるんだったら、、
そっちを優先して、どうぞ有給使って休んでください、
などと言ってくれた。
ワナ?
あまりにも、おいしそうな話なので、つい疑ってしまう。
入りたての人は、長く働いてる人に、
有給は譲るものなんですけどね~
とか、
5日間も休みをとれるのは、年末年始か、冠婚葬祭だけですよ、
と、言われるのが相場ってもんだ、と思ってた。
来てくれと言われると、
私は、そんなに素直にはいはいと、言われたことをするような人じゃないし、
なんか違うと思ったら、言うか辞めるかしたくなるし、
納得のいかない研修には、出たくないし、
決して使い勝手のよい人間ではないと思いますよ、
と言いたくなってしまう。
というか。
そんなことを言ってしまった。
そうしたら、違うなと思ったことがあったら、言ってくれたら、
そこから、みんなで考えるきっかけになるんじゃないですか?
と。
あ~そうですよね~と納得した。
前回の転職で、痛い目をみたし、
今の職場も、まあまあ目をつぶれば楽しいし、
しばらく転職は控えておこう、
と思っていた矢先に。
まだ、今回転職して7カ月。
地に足をつけて、せめて1年は働こう、と思っていたのに、
今のタイミングで、なんと、また転職って、
そんなことをして、いいのかな?、と思ったけど。
つい、何日か前、テレビで見た。
ひょんなことから太陽ができて、
ひょんなことから、その周りを回る星ができた。
金星の表面温度は、200℃だか、400℃
火星の表面温度は、マイナス200℃だか、マイナス400℃
地球の表面温度は、まさかの16℃で、
奇跡的に水が蒸発しなかった。
それも、ひょんなことらしい。
もし恐竜が絶滅してなかったら、
人間は生まれなかったかもしれないらしい。
ひょんなことは、いつ、どこで起こるかわからない。
今の生活がずっと続くってことは、ありえない。
しかも、足をつけている地も、ぐらぐらしてるもので、
確実にいつまでもあるもの、とも限らない。
と思ったら、生きていること自体が、
一か八かの大きなゲームのような感覚に思えた。
ほいほいと、おいしい話にのっかってみるのも、
いいのかもな、と思ったりしながら、
まだ、ドキドキしてる。
一緒に働きませんか?と誘ってくれた人々がいた。
そういう仕事をできたらいいな、と思ってたことを、
試してみられそうな場所で、しかもしかも、
出たい研修があるんだったら、、
そっちを優先して、どうぞ有給使って休んでください、
などと言ってくれた。
ワナ?
あまりにも、おいしそうな話なので、つい疑ってしまう。
入りたての人は、長く働いてる人に、
有給は譲るものなんですけどね~
とか、
5日間も休みをとれるのは、年末年始か、冠婚葬祭だけですよ、
と、言われるのが相場ってもんだ、と思ってた。
来てくれと言われると、
私は、そんなに素直にはいはいと、言われたことをするような人じゃないし、
なんか違うと思ったら、言うか辞めるかしたくなるし、
納得のいかない研修には、出たくないし、
決して使い勝手のよい人間ではないと思いますよ、
と言いたくなってしまう。
というか。
そんなことを言ってしまった。
そうしたら、違うなと思ったことがあったら、言ってくれたら、
そこから、みんなで考えるきっかけになるんじゃないですか?
と。
あ~そうですよね~と納得した。
前回の転職で、痛い目をみたし、
今の職場も、まあまあ目をつぶれば楽しいし、
しばらく転職は控えておこう、
と思っていた矢先に。
まだ、今回転職して7カ月。
地に足をつけて、せめて1年は働こう、と思っていたのに、
今のタイミングで、なんと、また転職って、
そんなことをして、いいのかな?、と思ったけど。
つい、何日か前、テレビで見た。
ひょんなことから太陽ができて、
ひょんなことから、その周りを回る星ができた。
金星の表面温度は、200℃だか、400℃
火星の表面温度は、マイナス200℃だか、マイナス400℃
地球の表面温度は、まさかの16℃で、
奇跡的に水が蒸発しなかった。
それも、ひょんなことらしい。
もし恐竜が絶滅してなかったら、
人間は生まれなかったかもしれないらしい。
ひょんなことは、いつ、どこで起こるかわからない。
今の生活がずっと続くってことは、ありえない。
しかも、足をつけている地も、ぐらぐらしてるもので、
確実にいつまでもあるもの、とも限らない。
と思ったら、生きていること自体が、
一か八かの大きなゲームのような感覚に思えた。
ほいほいと、おいしい話にのっかってみるのも、
いいのかもな、と思ったりしながら、
まだ、ドキドキしてる。
2013/12/08
矢が花にかわる に参加してみて。
目の前がすっきりした感じがある。
あんなにイライラすることが多かったのに、
何があっても自分がイライラしそうな感じもしないし、
イライラしても一瞬で忘れてしまえそうな感じがする。
という感覚も徐々に忘れていくとは思いますが。
東京での5日間も、盛岡での半日も、
今までにない感覚を味わえた経験だった。
これは本当にお勧めな研修なのだけど、
いったい何が起こっていたのか、
何がお勧めなのか、
うまく伝えられないのが、もどかしい。
今確信をもって思っていることは、
「痛み」は知るより感じる方が体に優しい
ということ、
「痛み」が自分のものか他人のものかって区別できないもんなんだな〜
ということ、
「痛み」を感じると悲しいけど悲しみ以上の温かさを感じることもできる
ということ。
「苦しみ」をこれ以上生み出さない「間」を努力すれば自分で造り出せる
ということ。
「苦しみ」を造り出してしまっても、それに気が付いたら謝ればいい
ということ。
それと、それと。
それと。
盛岡の冷麺はおいしいし、わんこそばは楽しい
ということ。
ざっくり感想を言うと。
この10日間、めちゃくちゃ楽しかったです。
あんなにイライラすることが多かったのに、
何があっても自分がイライラしそうな感じもしないし、
イライラしても一瞬で忘れてしまえそうな感じがする。
という感覚も徐々に忘れていくとは思いますが。
東京での5日間も、盛岡での半日も、
今までにない感覚を味わえた経験だった。
これは本当にお勧めな研修なのだけど、
いったい何が起こっていたのか、
何がお勧めなのか、
うまく伝えられないのが、もどかしい。
今確信をもって思っていることは、
「痛み」は知るより感じる方が体に優しい
ということ、
「痛み」が自分のものか他人のものかって区別できないもんなんだな〜
ということ、
「痛み」を感じると悲しいけど悲しみ以上の温かさを感じることもできる
ということ。
「苦しみ」をこれ以上生み出さない「間」を努力すれば自分で造り出せる
ということ。
「苦しみ」を造り出してしまっても、それに気が付いたら謝ればいい
ということ。
それと、それと。
それと。
盛岡の冷麺はおいしいし、わんこそばは楽しい
ということ。
ざっくり感想を言うと。
この10日間、めちゃくちゃ楽しかったです。
2013/11/24
IPS(意図的なピアサポート)鹿児島での3日間の感想
1日目は、ドラムセッション。
悲しい、平安、怒りなどの自分の感情を、
みんなで一斉に、太鼓をたたくことで表現したり、
2人組になって、外の自分と内の自分を、お互いに音で表現して伝えあう、
ということをした。
たとえば、「悲しい」って感情を、何分も感じながら、
ずっとたたき続けるのは、すごく難しかった。
怒りもそう。
たとえ、怒りを感じても、その怒りを何分も何時間も、
感じ続けるのは難しいもんなんだなというのを、実感した。
あと、内の自分と、外の自分を音で伝えあっているうちに、
最初は、内の自分と外の自分を、はっきりと区別して、
音で表現してたはずなのに、だんだん音での会話を続けてくと、
内だか、外だか、わからなくなってくる感覚が面白かった。
2日目、3日目は、いろんな場面での会話で、
その時に、自分が瞬時にどう感じているか、
というとこに、意識を向けることを、何度も試した。
ドラムセッションでは、人の音を聞くより、
音楽にまつわる過去の人々との楽しくなかった会話が、
ぐるぐると頭の中でよみがえってきたり、
社会のひずみの話が出たときには、
やっぱり以前の職場でのことをいろいろと思いだして、イライラしたり、
「今」の音や会話に集中できないなと思う時間もあった。
そういうことも、ああ、自分は今、そういうことを感じているんだな、
と思ってみることを心がけてみる、ということも試せた。
自分がザワザワした時は、無理にしゃべらなくてよくて、
黙っていてもいいと思えるのが、すごく居心地がよかった。
ゆったりした時間を過ごせたように思う。
ザワザワした時は、言葉の矢を放たれたと感じることが、
すごく増えるものなんだな~ってことも思った。
普段は、イラッとしたときに、ばばばばと話をしてしまうことが、
圧倒的に多いのだけど。
それって、もったいない会話をしてたな~と思った。
その時の気持ちを口にすると、かえって怒りは消えにくくなる。
自分の怒りの言葉が、またさらに、自分の怒りに火をつけることもあるし、
怒りの言葉に怒りの返事が返ってきて、新たな怒りを生む時もある。
会話なので、お互いさまってことで、
いろんな会話を試してみられる機会になってて、
「そういう時って、こういうこと言っちゃいますよね~」
って、大爆笑しながら練習できたのもおもしろかった。
3日間があっという間だった。
悲しい、平安、怒りなどの自分の感情を、
みんなで一斉に、太鼓をたたくことで表現したり、
2人組になって、外の自分と内の自分を、お互いに音で表現して伝えあう、
ということをした。
たとえば、「悲しい」って感情を、何分も感じながら、
ずっとたたき続けるのは、すごく難しかった。
怒りもそう。
たとえ、怒りを感じても、その怒りを何分も何時間も、
感じ続けるのは難しいもんなんだなというのを、実感した。
あと、内の自分と、外の自分を音で伝えあっているうちに、
最初は、内の自分と外の自分を、はっきりと区別して、
音で表現してたはずなのに、だんだん音での会話を続けてくと、
内だか、外だか、わからなくなってくる感覚が面白かった。
2日目、3日目は、いろんな場面での会話で、
その時に、自分が瞬時にどう感じているか、
というとこに、意識を向けることを、何度も試した。
ドラムセッションでは、人の音を聞くより、
音楽にまつわる過去の人々との楽しくなかった会話が、
ぐるぐると頭の中でよみがえってきたり、
社会のひずみの話が出たときには、
やっぱり以前の職場でのことをいろいろと思いだして、イライラしたり、
「今」の音や会話に集中できないなと思う時間もあった。
そういうことも、ああ、自分は今、そういうことを感じているんだな、
と思ってみることを心がけてみる、ということも試せた。
自分がザワザワした時は、無理にしゃべらなくてよくて、
黙っていてもいいと思えるのが、すごく居心地がよかった。
ゆったりした時間を過ごせたように思う。
ザワザワした時は、言葉の矢を放たれたと感じることが、
すごく増えるものなんだな~ってことも思った。
普段は、イラッとしたときに、ばばばばと話をしてしまうことが、
圧倒的に多いのだけど。
それって、もったいない会話をしてたな~と思った。
その時の気持ちを口にすると、かえって怒りは消えにくくなる。
自分の怒りの言葉が、またさらに、自分の怒りに火をつけることもあるし、
怒りの言葉に怒りの返事が返ってきて、新たな怒りを生む時もある。
会話なので、お互いさまってことで、
いろんな会話を試してみられる機会になってて、
「そういう時って、こういうこと言っちゃいますよね~」
って、大爆笑しながら練習できたのもおもしろかった。
3日間があっという間だった。
2013/10/31
40年近く病院で暮らすって?
20歳の時に、すごく驚いたことがあった。
当時、私は大学2年生だった。
夏休みになり、いつものごとく福井県小浜市の実家に帰省した。
兄や姉は、実家を出ていたので、家には両親だけがいるはずだった。
だけど、なんだか、家の様子がいつもと違った。
その日帰ると、今まで会ったことのない、おばあさんが家の中にいた。
お客さんが多くくる家ではなかったので驚いた。
母親とそっくりだったので、親戚かもしれないな、と思った。
ふんわりした優しい口調で、「こんにちは」と言われたので、
私もつられて、「こんにちは」と返した。
そして、キティーちゃんのハンカチをくれた。
玄関に『里枝』とマジックで大きく書かれた、
小学校で履くような上履きが置いてあったので、
そのおばあさんは、里枝さんというんだな、と思った。
母は、いつもより、ピリピリしていた。
父が何気なくいつものように言った冗談に、
「お姉さんの悪口、言わんといてな」と母は怒っていた。
今まで誰にも言えなかったことを、父にぶつけているようだった。
両親は、その里枝さんについては何も言わないまま、一晩過ごした。
翌日になると、里枝さんは両親とどこかに出かけて行き、
里枝さんは、もううちには、帰ってこなかった。
帰ってきた母は、急に里枝さんのことを話始めた。
里枝さんは母の姉で、25歳くらいまでは小浜市内に住んでいて、
警察で事務の仕事をしていたらしかったこと。
25歳くらいの時に何かがあり、舞鶴の方にある病院に入院したこと。
ずっと病院にいたが、65歳近くなるので、
小浜市内の老人ホームに入れば、他の人に変に思われずに、
小浜に戻ることができるから、老人ホームの見学に行ってきた、ということ。
なんじゃそりゃ?と思った。
母に姉がいる、というのも、初めて聞いたことだった。
なんで、そんなに長く入院してる?優しそうな人やね?
と聞いたら、
母は首をかしげて、ちょっと考えて、
「20歳の子に、キティーちゃんのハンカチは、ちょっとずれとるんかな?」
と誰かに質問するように言い、さらにこんな話をしていた。
里枝さんが25歳の時のことを、みんなが覚えてるから、
なかなか小浜へ戻りにくく、「そういう姉」がいると知られると、
母自身が結婚できないかもしれないと周りの人に心配されたこと。
でも父は、里枝さんのことを知っていて、母と結婚したこと。
あんなに頭の良かった姉が、どうして病院に入ってしまって、
今、こういう状況になっているのか、理解できないような感じもあった。
小さいころから、口癖のように母がよく言っていた言葉
「そんなことすると、変やと思われるよ」
そう言っていた理由が、少しわかった気がした。
私の兄姉も、里枝さんと会ったことはないらしく、
里枝さんの話をしたこともないらしかった。
私の帰省と、里枝さんの帰省が重なったのは偶然で、
日程をずらそうかと思ったけど、なんとなく、
まあ大丈夫かな、と思った、と言っていた。
里枝さんは、40年近くも病院にいる必要があったのだろうか?
それからまもなく、里枝さんは、小浜市内の老人ホームに入り、
私はたまに帰省すると、父と老人ホームに一緒に面会に行った。
父は、すごく楽しそうに老人ホームに行っていた。
1週間に1回くらいのペースで、差し入れを持って行っていたらしかった。
里枝さんのために、何かしたいとずっと思っていたのが、ようやくできた、
という感じだったのかもしれない。
大学を卒業して、私は偶然、精神科のケースワーカーとして働くようになった。
そこで初めて、里枝さんが入院していたのは、精神科だったんだと思った。
そして、里枝さんと同じような人がたくさんいることを知った。
うちの家だけだと思っていたので、驚いた。
長い人では50年近く、精神科に入院している人もいた。
このようなことが、全国各地で起きているということも知って驚いた。
たくさんの人が不幸になっているように感じた。
何とかしたい、と思ったものの、あまりにも根が深いように思い愕然としたし、
結局何もできないのだろうかと思い転職したり諦めたりしてきた。
けど今は、自分でやれることだけ、やってみればいいか、と思う。
いろいろと、偶然知ってしまったことではあるけど、
少しでも、なにかできたらいいな、と思う。
当時、私は大学2年生だった。
夏休みになり、いつものごとく福井県小浜市の実家に帰省した。
兄や姉は、実家を出ていたので、家には両親だけがいるはずだった。
だけど、なんだか、家の様子がいつもと違った。
その日帰ると、今まで会ったことのない、おばあさんが家の中にいた。
お客さんが多くくる家ではなかったので驚いた。
母親とそっくりだったので、親戚かもしれないな、と思った。
ふんわりした優しい口調で、「こんにちは」と言われたので、
私もつられて、「こんにちは」と返した。
そして、キティーちゃんのハンカチをくれた。
玄関に『里枝』とマジックで大きく書かれた、
小学校で履くような上履きが置いてあったので、
そのおばあさんは、里枝さんというんだな、と思った。
母は、いつもより、ピリピリしていた。
父が何気なくいつものように言った冗談に、
「お姉さんの悪口、言わんといてな」と母は怒っていた。
今まで誰にも言えなかったことを、父にぶつけているようだった。
両親は、その里枝さんについては何も言わないまま、一晩過ごした。
翌日になると、里枝さんは両親とどこかに出かけて行き、
里枝さんは、もううちには、帰ってこなかった。
帰ってきた母は、急に里枝さんのことを話始めた。
里枝さんは母の姉で、25歳くらいまでは小浜市内に住んでいて、
警察で事務の仕事をしていたらしかったこと。
25歳くらいの時に何かがあり、舞鶴の方にある病院に入院したこと。
ずっと病院にいたが、65歳近くなるので、
小浜市内の老人ホームに入れば、他の人に変に思われずに、
小浜に戻ることができるから、老人ホームの見学に行ってきた、ということ。
なんじゃそりゃ?と思った。
母に姉がいる、というのも、初めて聞いたことだった。
なんで、そんなに長く入院してる?優しそうな人やね?
と聞いたら、
母は首をかしげて、ちょっと考えて、
「20歳の子に、キティーちゃんのハンカチは、ちょっとずれとるんかな?」
と誰かに質問するように言い、さらにこんな話をしていた。
里枝さんが25歳の時のことを、みんなが覚えてるから、
なかなか小浜へ戻りにくく、「そういう姉」がいると知られると、
母自身が結婚できないかもしれないと周りの人に心配されたこと。
でも父は、里枝さんのことを知っていて、母と結婚したこと。
あんなに頭の良かった姉が、どうして病院に入ってしまって、
今、こういう状況になっているのか、理解できないような感じもあった。
小さいころから、口癖のように母がよく言っていた言葉
「そんなことすると、変やと思われるよ」
そう言っていた理由が、少しわかった気がした。
私の兄姉も、里枝さんと会ったことはないらしく、
里枝さんの話をしたこともないらしかった。
私の帰省と、里枝さんの帰省が重なったのは偶然で、
日程をずらそうかと思ったけど、なんとなく、
まあ大丈夫かな、と思った、と言っていた。
里枝さんは、40年近くも病院にいる必要があったのだろうか?
それからまもなく、里枝さんは、小浜市内の老人ホームに入り、
私はたまに帰省すると、父と老人ホームに一緒に面会に行った。
父は、すごく楽しそうに老人ホームに行っていた。
1週間に1回くらいのペースで、差し入れを持って行っていたらしかった。
里枝さんのために、何かしたいとずっと思っていたのが、ようやくできた、
という感じだったのかもしれない。
大学を卒業して、私は偶然、精神科のケースワーカーとして働くようになった。
そこで初めて、里枝さんが入院していたのは、精神科だったんだと思った。
そして、里枝さんと同じような人がたくさんいることを知った。
うちの家だけだと思っていたので、驚いた。
長い人では50年近く、精神科に入院している人もいた。
このようなことが、全国各地で起きているということも知って驚いた。
たくさんの人が不幸になっているように感じた。
何とかしたい、と思ったものの、あまりにも根が深いように思い愕然としたし、
結局何もできないのだろうかと思い転職したり諦めたりしてきた。
けど今は、自分でやれることだけ、やってみればいいか、と思う。
いろいろと、偶然知ってしまったことではあるけど、
少しでも、なにかできたらいいな、と思う。
2013/10/21
言葉になっていない感情を言葉にして縛る怖さ
人の話を聞いて、ああ自分もそう思うな、と思うことがある。
うんうん、自分もそう思うと、自分の気持ちの整理ができて、
新たな発見ができてスッキリする。
ふと、同じスッキリでも、自分の内から出てくる言葉を待たなくても、
一瞬はスッキリできる落とし穴があるように思った。
たとえば、言葉にならないたくさんの自分の感情がある時、
人から「 あなたはこういうタイプの人だね」とか
「単なるわがままだね」 とか
「それはこういうことで、こういう病名ですね」など と断定されたとすると、
わからないものが分かった気になって、
一瞬はスッキリした感覚が味わえるのかもしれない。
怖いのは、本当に自分の中から湧き出た言葉でなくても、
はっきり言われることで自分はこうだ、と
思うようになるのかもしれない。
それを自分で吟味しないでいるうちに何が起こるか。
自分の枠を自分で作っていくことになるのではないか。
やってもない犯罪の取り調べを受けるうちに、
自分が犯人だと錯覚を起こすように。
言葉にならない自分の感情の中に居続けるのは、
あまり気持ちのいいものではないのかもしれない。
自分の目の前にいる人が、 言葉にならない感情のうずの中にいると、
こっちまで不安になって「それはこうだ」 と言いたくなるのかもしれない。
人から言われたことが自分の中から出てくる言葉と同じこともある 。
違うこともある。
自分が感じて出てくる言葉やら、 自分の声を、
じっくり吟味できる時間って大切だなと思った。
あなたの感情はこうだ、 あなたの気持ちはこうだと、
誰かが誰かを断定することも、 されることなく、
誰もが自分のことを吟味できる。
WRAPクラスっていうのは、そういう空間だから、
終わった後に晴れやかな気持ちになるのかなと思った。
今回、福井でのWRAP2日間は、
進行するという役割を邪魔だと感じることもなく、
参加して輪の中に入っている感覚もずっとあって、
とても楽しかった。
ファシリテートをすることも楽しい、
これは、新しい発見だった。
昨日、福井からの帰り際に、福井駅で買った
八百比丘尼の椿がカギになっている、西村京太郎の本を読みながら、
今日は、つらつらと、そんなことを考えた。
ふと、同じスッキリでも、自分の内から出てくる言葉を待たなくても、
たとえば、言葉にならないたくさんの自分の感情がある時、
人から「
「単なるわがままだね」
「それはこういうことで、こういう病名ですね」など
わからないものが分かった気になって、
怖いのは、本当に自分の中から湧き出た言葉でなくても、
思うようになるのかもしれない。
それを自分で吟味しないでいるうちに何が起こるか。
自分の枠を自分で作っていくことになるのではないか。
やってもない犯罪の取り調べを受けるうちに、
言葉にならない自分の感情の中に居続けるのは、
自分の目の前にいる人が、
人から言われたことが自分の中から出てくる言葉と同じこともある
違うこともある。
自分が感じて出てくる言葉やら、
じっくり吟味できる時間って大切だなと思った。
あなたの感情はこうだ、
誰かが誰かを断定することも、
誰もが自分のことを吟味できる。
今回、福井でのWRAP2日間は、
進行するという役割を邪魔だと感じることもなく、
参加して輪の中に入っている感覚もずっとあって、
とても楽しかった。
ファシリテートをすることも楽しい、
これは、新しい発見だった。
昨日、福井からの帰り際に、福井駅で買った
八百比丘尼の椿がカギになっている、西村京太郎の本を読みながら、
今日は、つらつらと、そんなことを考えた。
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