今日明日は、まだ残ってた夏休み~。
背中のコリがあまりにも続くので、野口整体に行ってみようと思い、
ようやく予約がとれて、今日「白山治療院」に行った。
すごくよかった。
帰ってから急激に眠くなって、気がついたら5時間も昼寝をしてた。
そんなに寝た後でも頭が痛いこともなく、すっきり目覚めて、そしたらネコも隣で寝てた。
…整体に行ってなくても、そんなにぐっすり昼寝に付き合えるネコってホントすごいよな…ってのは、ひとまず置いといて。
覚えておきたいので、今日のことをまとめておこうと思う。
まず、体の気になっている所など話をした。
背中と肩こりと、首の気になるところを伝えた。
その後、施術。
治療台がなくて、広いところに寝転んでゆったりもよかった。
肩、背中から足と、ぐいぐい押されないのに、なんでそこが痛いってわかるんですか?というとこだけ、ピリッと少し抑えてくれる感じ。
前に、鍼灸をしてもらった時に、マッサージをしてもらったのと似てた。
疲れるといつも痛くなる、スネの所が他のどこよりピリピリ。
胃と肝臓が疲れてるのかも、食べるのはどうですか?と聞かれ、
思わず、そうなんですよ!と心の中で叫ぶ。
「胃が弱くていつも胃を気遣いながら食べてるんです!」
と、思わず意気揚々と答えてしまった。
食べるキャパは人によって違う。
もともと、胃腸のキャパがあまり広くないのかも。
疲れると、そこに出てくる体質なんでしょうね、と。
首は、ちょいちょいと触ってもらい、あれよあれよと首が下を向きやすくなり、
腰は自覚はなかったけど、緊張が高いということで、
後ろ目の両脇腹を1分くらいつまむ、2回目は違和感がある方だけをつまむ、という緩め方を教えてもらった。
それだけで腰が緩んで、歪みもちょっと治るらしい。
終わった後に話。
食べ過ぎに気を付けた方がよいかもしれない。
人と比べて量が多いかどうか、ではない。
お腹が減ってないのに食べる、のも食べ過ぎ。
食べていて、そろそろいいかな、という時にやめる。
もうちょっとで全部食べ終わるからと思って食べるのは食べ過ぎになる。
残ってもそこでやめて残して、次に食べる、とかにする。
お昼休みに食べないと時間が取れないっていう時も、何かちょっとつまむ程度にして、お腹が減った時に時間が許せば何かつまむか、時間がとれなかったら、その分、夕食がおいしく食べられるということで、と。
そういう生活を続けていけば、自分の食べる適量やペースがわかってくる。
それで、やってみるのはどうでしょう?
首の方はまた様子を見ていきましょう。
という話だった。
なるほど~と思った。
長年の疑問が解けた。
休みの日に食欲が湧かないと食べ忘れてていることもあって、食べない方が調子が良いように思ったけど、食べないのは身体に悪いはずだし、食べないで調子が良いのは気のせいか?と思っていたことや、旅行に出かけて3食きっちり食べると何故か体調を崩すのはなんでだろう?と思っていたことなど。
納得納得。
自分の「感じ」の方があってたんだな、と思った。
言われたこと、ちょっと試してみようっと。
2018年4月25日より、移行しました。 今までありがとうございました。 note(ノート) https://note.mu/kuronekokuroko/n/n446abf3d5597
2017/09/05
2017/09/03
わかりあえなさに注目するインタビュー講座②
先週末、尹雄大さんの「わかりあえなさに注目するインタビュー講座」2日間に参加した。
ちょっと思い返してみたいと思う。
ここ1週間、苦手な人と話すのも楽しくなった感じがする。
職場でも、あんまりこの会話に加わりたくないな、という時に、
なんとなく、スルッと言葉が出てくるようになったのが、
驚きというか、なんというか。
「自分が思った事と、相手が思い描いていることの違いを、
一つ一つ確認していく」と聞いて、
目からウロコが落ちた。スッキリした感じがあった。
「ああ、わかる~」は、ひとまず置いといて、
「それどういうことですか?」の方を聞いてみるだけ、
というか、なんというか。
それは、非常に楽。
会話をしていて、今まで困っていたことがあった。
わからないことが圧倒的に多すぎる、ということ。
それを逐一聞いていくのは、会話の流れを止めてしまうし、
なんとなく失礼な感じがしていた。
それが、そうではなく、その「違い」を大事に置いておいて、
少しずつ聞いていけばいい、という。
しかも、そういう会話をしてみたら、おもしろかった、
ということに驚いた。
良し悪しをつけずに聞けば、人は何だか知らないけど話したくなる、
それは、話している相手に対してだけでなく、
自分に対してもそうなのかもしれないと思った。
自分に対して良し悪しをつけずに自分の声を聞けば、
何だかしらないけど、聞きたいこと話したいことが出てくる。
話したいことは、もうすでにあって、
お互いに、それが湧き出てくる。
講座の2日目には、その感じを体感した。
聞くことも話すことも難しいことじゃなかったんだ~、
というのが、2日間終わった直後に思ったことで、
1週間経った今も、その感じは変わらない。
「違いがある」のは当たり前、
と言われても、それはそうだけど、だからってどうすれば…
と思っていたけど。
「見立て→話し→ズレ」は、必ず起こるから、
その「ズレ」を忘れないように置いておきながら、
一つ一つそのズレを確認してけばいい、としたら。
「全く同じだ!」という事は、ほぼないんだし、
いつでも、どこでも、聞きたいことが湧いてきそうで、
どんな人と、どんな話をするとしても、
話したいことが湧いてくるんじゃないかな、
という、先行きの明るい感じまでした。
あと、メモを見返して、
あっち、でも、こっち、でもなく、空間を見たり、
「観察者の視点」というのが書いてあって、
メモをしたときは、あああそれは大事!、と思ったのだけど、
時間を置いたら、そういう感じだったっけな?
というのは思い出したものの、
その感じを文字には出来切らないな、と思いました。
もうちょっと寝かしたら、文字に出来るのかな?どうかな。
講座、すごく楽しかったです。
ちょっと思い返してみたいと思う。
ここ1週間、苦手な人と話すのも楽しくなった感じがする。
職場でも、あんまりこの会話に加わりたくないな、という時に、
なんとなく、スルッと言葉が出てくるようになったのが、
驚きというか、なんというか。
「自分が思った事と、相手が思い描いていることの違いを、
一つ一つ確認していく」と聞いて、
目からウロコが落ちた。スッキリした感じがあった。
「ああ、わかる~」は、ひとまず置いといて、
「それどういうことですか?」の方を聞いてみるだけ、
というか、なんというか。
それは、非常に楽。
会話をしていて、今まで困っていたことがあった。
わからないことが圧倒的に多すぎる、ということ。
それを逐一聞いていくのは、会話の流れを止めてしまうし、
なんとなく失礼な感じがしていた。
それが、そうではなく、その「違い」を大事に置いておいて、
少しずつ聞いていけばいい、という。
しかも、そういう会話をしてみたら、おもしろかった、
ということに驚いた。
良し悪しをつけずに聞けば、人は何だか知らないけど話したくなる、
それは、話している相手に対してだけでなく、
自分に対してもそうなのかもしれないと思った。
自分に対して良し悪しをつけずに自分の声を聞けば、
何だかしらないけど、聞きたいこと話したいことが出てくる。
話したいことは、もうすでにあって、
お互いに、それが湧き出てくる。
講座の2日目には、その感じを体感した。
聞くことも話すことも難しいことじゃなかったんだ~、
というのが、2日間終わった直後に思ったことで、
1週間経った今も、その感じは変わらない。
「違いがある」のは当たり前、
と言われても、それはそうだけど、だからってどうすれば…
と思っていたけど。
「見立て→話し→ズレ」は、必ず起こるから、
その「ズレ」を忘れないように置いておきながら、
一つ一つそのズレを確認してけばいい、としたら。
「全く同じだ!」という事は、ほぼないんだし、
いつでも、どこでも、聞きたいことが湧いてきそうで、
どんな人と、どんな話をするとしても、
話したいことが湧いてくるんじゃないかな、
という、先行きの明るい感じまでした。
あと、メモを見返して、
あっち、でも、こっち、でもなく、空間を見たり、
「観察者の視点」というのが書いてあって、
メモをしたときは、あああそれは大事!、と思ったのだけど、
時間を置いたら、そういう感じだったっけな?
というのは思い出したものの、
その感じを文字には出来切らないな、と思いました。
もうちょっと寝かしたら、文字に出来るのかな?どうかな。
講座、すごく楽しかったです。
2017/08/26
わかりあえなさに注目するインタビュー講座初日
尹雄大さんの「わかりあえなさに注目するインタビュー講座」初日に参加した。
すごくおもしろかった。
明日の2日目が終わったら、今日の事をすっかり忘れてしまいそうでもったいないので、書き留めておこう。
といっても、もうほとんど忘れてる。
えっと、えっと。
始まる前、会場近くの珈琲屋の、チーズケーキとコーヒーがすごくおいしかった。
自己紹介をお互いにする、という、最も苦痛なお題で、
初めて会う隣の人と話をすることになったにも関わらず、
ウキウキと楽しく話せたのには驚いた。
ゼロが苦手、「振動」に心惹かれるのでは?、という言葉をもらい、
今まで薄らぼんやり思っていたことが、ピタッとはまった感じ。
その言葉が出てきたのは、話していた相手の力があったからだと思っていたが、
話をしているうちに、そうではなく、お互いの「間」から生まれたもの、らしい、
と思い始めて、わけがわからなくなって、おもしろかった。
虐待対策ワーカー研修で、今回のような内容をしてもらえたら、
いろんなことが腑に落ちていくかもしれないな、と思った。
(実際の研修は、技術を学んで人の心を忘れていくような感覚がある。)
分かり合おうとすると、どんどん離れて行く印象がある。
今回は、わからないことの方に着目しているはずなのに、
話していると、なんだか分からないうちに同じ船に乗っていた、
みたいな感覚があった。
思い出してメモしてみても、なんだったんだろう、と思う。
これ、数日たってから読み返したら、更に、
なんだったんだろう感が強まりそうな気もするな。
とりあえず書いて気が済んだ。
明日も楽しみ。
すごくおもしろかった。
明日の2日目が終わったら、今日の事をすっかり忘れてしまいそうでもったいないので、書き留めておこう。
といっても、もうほとんど忘れてる。
えっと、えっと。
始まる前、会場近くの珈琲屋の、チーズケーキとコーヒーがすごくおいしかった。
自己紹介をお互いにする、という、最も苦痛なお題で、
初めて会う隣の人と話をすることになったにも関わらず、
ウキウキと楽しく話せたのには驚いた。
ゼロが苦手、「振動」に心惹かれるのでは?、という言葉をもらい、
今まで薄らぼんやり思っていたことが、ピタッとはまった感じ。
その言葉が出てきたのは、話していた相手の力があったからだと思っていたが、
話をしているうちに、そうではなく、お互いの「間」から生まれたもの、らしい、
と思い始めて、わけがわからなくなって、おもしろかった。
虐待対策ワーカー研修で、今回のような内容をしてもらえたら、
いろんなことが腑に落ちていくかもしれないな、と思った。
(実際の研修は、技術を学んで人の心を忘れていくような感覚がある。)
分かり合おうとすると、どんどん離れて行く印象がある。
今回は、わからないことの方に着目しているはずなのに、
話していると、なんだか分からないうちに同じ船に乗っていた、
みたいな感覚があった。
思い出してメモしてみても、なんだったんだろう、と思う。
これ、数日たってから読み返したら、更に、
なんだったんだろう感が強まりそうな気もするな。
とりあえず書いて気が済んだ。
明日も楽しみ。
2017/08/15
頭が空っぽ。
すごく寝た。すっきりした。
久しぶりに頭が空っぽになった気がする。
頭の皮も随分柔らかくなった。
38℃の熱が出て、数日寝込んで、やむなく思考停止したのだけど、
人間の体はよくできている。
先週は、鹿児島に行った。楽しかったな。
屋久島に行くはずが台風で船が出ず、屋久島には行けなかった。
大楠や大きい杉を見た。
じっくり手帳を見てみたら、鹿児島に行く前まで数か月、
あのメールを返して、このことを考えて、
次は次は・・・と頭が忙しかったようだった。
それが、帰ってきて熱を出して一切吹っ飛んだ。
すっきりした空っぽの頭で考えてみると、
だいたい、後でいいか、と思う事ばかり。
やおら、ええっと何をするんだっけと思い出したものから、
ぽつぽつやっていけばいいだけのことだった。
疲れが溜まって、それに気づかず、
頭の皮が固くなって、頭痛まで起こっているときには、
あれもあれもあれも、と、頭を動かしているようで、
実はちっとも動いていない。
それが熱が出て、収まってすっきりすると、
さらっと頭の回路までシンプルになったうような気がする。
後で思うと、いっつも同じことを繰り返している。
ほんと、人の体はよくできている。
霧島神宮の、色のきれいなトカゲも楽しかったな。
小学生と一緒に行ったものだから、
見るだけなら楽しいけど、触れない私は、
近づいてみたものの、うっかり走って逃げてしまい、
案の定、小学生は嬉しそうに、
器用に捕まえたトカゲを持って追いかけてくる。
という大惨事。
遊び慣れてる小学生は、すぐにトカゲを地面にそっと離して、
離されたトカゲは、そんなに慌てなくても、というくらい、
一目散に走って行った。
私も大惨事だったけど、トカゲも大惨事だったらしい。
後姿の必死さについ笑ってしまった。
今日は、仕事もなく休み。
頭も空っぽのまま、
トカゲや樹齢800年の杉の木のことを思い出したりして、
体も頭もゆっくりしようっと。
久しぶりに頭が空っぽになった気がする。
頭の皮も随分柔らかくなった。
38℃の熱が出て、数日寝込んで、やむなく思考停止したのだけど、
人間の体はよくできている。
先週は、鹿児島に行った。楽しかったな。
屋久島に行くはずが台風で船が出ず、屋久島には行けなかった。
大楠や大きい杉を見た。
じっくり手帳を見てみたら、鹿児島に行く前まで数か月、
あのメールを返して、このことを考えて、
次は次は・・・と頭が忙しかったようだった。
それが、帰ってきて熱を出して一切吹っ飛んだ。
すっきりした空っぽの頭で考えてみると、
だいたい、後でいいか、と思う事ばかり。
やおら、ええっと何をするんだっけと思い出したものから、
ぽつぽつやっていけばいいだけのことだった。
疲れが溜まって、それに気づかず、
頭の皮が固くなって、頭痛まで起こっているときには、
あれもあれもあれも、と、頭を動かしているようで、
実はちっとも動いていない。
それが熱が出て、収まってすっきりすると、
さらっと頭の回路までシンプルになったうような気がする。
後で思うと、いっつも同じことを繰り返している。
ほんと、人の体はよくできている。
霧島神宮の、色のきれいなトカゲも楽しかったな。
小学生と一緒に行ったものだから、
見るだけなら楽しいけど、触れない私は、
近づいてみたものの、うっかり走って逃げてしまい、
案の定、小学生は嬉しそうに、
器用に捕まえたトカゲを持って追いかけてくる。
という大惨事。
遊び慣れてる小学生は、すぐにトカゲを地面にそっと離して、
離されたトカゲは、そんなに慌てなくても、というくらい、
一目散に走って行った。
私も大惨事だったけど、トカゲも大惨事だったらしい。
後姿の必死さについ笑ってしまった。
今日は、仕事もなく休み。
頭も空っぽのまま、
トカゲや樹齢800年の杉の木のことを思い出したりして、
体も頭もゆっくりしようっと。
2017/06/30
2017年5月「らっくりらっぷ」
ちょっと時間が経ってしまいましたが、5月の連休のご報告を。
5月3日に、香川の『ココカラハウス』で、1日ワークショップ、
5月5~7日に、滋賀の『比良げんき村』で、2泊3日のキャンプがありました。
『らっくりらっぷ』ということで、初の試みのワークショップでした。
香川では、下は保育園のお子さんから、小学生、高校生、大学生、
上は定年を越えた方々まで、様々な立場の人々が15名ほど集まって、
すきに過ごしたり、じっくり立ち止まって話をする、
ということをしたように思います。
滋賀では、木々や滝のあるところを歩いたり、
びわ湖を眺めたりできる環境で、2泊3日、
集まって話をしたり、すきに歩いたり、
おいしいものをいただいたりしました。
いただいた感想をまとめて、もっと詳しくご報告を、
と思っていたのですが、まとまりませんでした。
自分の感想だけ言うと、と思ったのですが、
ちょっと時間が経って、感想もあんまり覚えておらず…。
今思い返してみると、
あの時間は何かの始まりだったのかもしれないな、
と思いました。
何かが始まるときって、すっきりしたものはなく、
いつも、コントンと?混沌と?しているな、と思います。
混沌としているけど、何かエネルギーが充満している、
そんなような時間だったなと思いました。
ご協力いただいたみなさま、ご参加いただいたみなさま、
参加している気持ちで過ごしていただいたみなさま、
今度は参加してみようかなと思っていただいたみなさま、
心の中で応援してくださったみなさま、
一区切りということでお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
5月3日に、香川の『ココカラハウス』で、1日ワークショップ、
5月5~7日に、滋賀の『比良げんき村』で、2泊3日のキャンプがありました。
『らっくりらっぷ』ということで、初の試みのワークショップでした。
香川では、下は保育園のお子さんから、小学生、高校生、大学生、
上は定年を越えた方々まで、様々な立場の人々が15名ほど集まって、
すきに過ごしたり、じっくり立ち止まって話をする、
ということをしたように思います。
滋賀では、木々や滝のあるところを歩いたり、
びわ湖を眺めたりできる環境で、2泊3日、
集まって話をしたり、すきに歩いたり、
おいしいものをいただいたりしました。
いただいた感想をまとめて、もっと詳しくご報告を、
と思っていたのですが、まとまりませんでした。
自分の感想だけ言うと、と思ったのですが、
ちょっと時間が経って、感想もあんまり覚えておらず…。
今思い返してみると、
あの時間は何かの始まりだったのかもしれないな、
と思いました。
何かが始まるときって、すっきりしたものはなく、
いつも、コントンと?混沌と?しているな、と思います。
混沌としているけど、何かエネルギーが充満している、
そんなような時間だったなと思いました。
ご協力いただいたみなさま、ご参加いただいたみなさま、
参加している気持ちで過ごしていただいたみなさま、
今度は参加してみようかなと思っていただいたみなさま、
心の中で応援してくださったみなさま、
一区切りということでお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
2017/06/03
将来なりたいものは何?
『いつか寄木細工の職人になりたいと思ってる』
と言うと、だいたい笑われる。
結構本気なのに。
大人になってから将来なりたいものを言うのは、「変」らしい。
23歳で初めて箱根に行って寄木細工の作品を見て驚いた。
何といっても模様がきれい。
しかもどうやって作ってるのかさっぱりわからない。
自分で寄木細工のからくり箱を作れたら。
はたして作れるものか?
機会があれば、本当に挑戦してみたい。
しかしまあ、こういう話をすると、笑われるようになったのは、
いったいいつからだろう。
幼稚園の時、一番困った課題があった。
今でもよく覚えている。
「将来なりたいものを書きましょう。」
・・・は?
当時は、その混乱を言葉にできなかったけど、
今、言葉にすると、
「すごくたくさんの仕事があるはずだけど、
どんな職業があるかあるか知らない。
知らない中から自分がしたいことを選ぶなんて、
できるわけないでしょう。
何を無理難題を言って…。」
という感じ。
しかも、家に帰って書いてくるのではなくて、帰るまでに出せと言う。
何を書けば、大きく外れないんだろう…。
焦った私は、隙をみては周りの子に片っ端から聞いて回った。
やきゅうせんしゅ、かんごふさん、およめさん、ケーキやさん。
とりあえず、何か書いとけばいいんじゃないか、
と、誰かが教えてくれたので、その中から選ぶことにした。
結構たくさんの子が、「わかんないから、およめさんでいいや」
と言って、さらさらと書いて出していたものの、
およめさんは、なんかちょっと違うなと思った。
野球は知らないし、生クリームは好きじゃないし、
で、「かんごふさん」と書いて出した。
後日それが冊子になって、○○ちゃんのなりたいもの、
を公表されることになってしまった。
「え、あんなにみんないい加減に書いたものを、
きれいに冊子にされて出されても、
おもしろくもなんともないのに…。」
幼稚園は、意味のわからないことが多かった。
家に帰って、「かんごふさん」を見た家人が
へ~と感心した後、質問してくる。
「かんごふさんって何するか知ってる?」
「血が流れてるのを見るやで。」
…適当に書いたんだから、そう言われても困る。
ちゃんと選ぶ準備もなく、時間もなく、
急に提出させられたものを、黙って公表されただけ、
と、今なら説明できるけど。
それ以降、将来なりたいものを急に聞かれた時のために、
その時に一番と言えるものを用意しておこうと思った。
とりあえず書いてしまった看護婦でしばらくは乗り切って、
その後は「宇宙飛行士」「秘書」
幼稚園以降も、時々聞かれたり、書かされることがあったので、
想定して用意しておいて、正解だった。
それなのに、だんだん将来なりたいものを聞かれることもなくなった。
でも、癖だけは抜けず、いろいろ知らない職業を知ると、
どんな仕事だろう、自分に出来るのか?と考えるようになっていた。
何か新しいことを始めるときは、
つい、これで食べていけるか?、と考えたりして。
でも、ちょっと最近、考えが変わってきた。
食べていけなくても、これしてみたいと思うことを、
してみてもいいんじゃないかな、と思い始めた。
プールに行ってパシャパシャ泳いでみたら楽しかったし、
全く知らない内容のワークショップもおもしろかった。
アラビア語も勉強してみたい。
今まで会う機会のなかった人々と出会って話したのもおもしろかった。
どんな毎日を送っていて、何が仕事になっていくのか。
職業を知る、だけではない話。
もしかすると、仕事は多くから選ぶのではなくて、
これはしたくない、というのを一つ一つはがしていくと、
最後に残るものなのかもしれない、という気もしてきた。
と言うと、だいたい笑われる。
結構本気なのに。
大人になってから将来なりたいものを言うのは、「変」らしい。
23歳で初めて箱根に行って寄木細工の作品を見て驚いた。
何といっても模様がきれい。
しかもどうやって作ってるのかさっぱりわからない。
自分で寄木細工のからくり箱を作れたら。
はたして作れるものか?
機会があれば、本当に挑戦してみたい。
しかしまあ、こういう話をすると、笑われるようになったのは、
いったいいつからだろう。
幼稚園の時、一番困った課題があった。
今でもよく覚えている。
「将来なりたいものを書きましょう。」
・・・は?
当時は、その混乱を言葉にできなかったけど、
今、言葉にすると、
「すごくたくさんの仕事があるはずだけど、
どんな職業があるかあるか知らない。
知らない中から自分がしたいことを選ぶなんて、
できるわけないでしょう。
何を無理難題を言って…。」
という感じ。
しかも、家に帰って書いてくるのではなくて、帰るまでに出せと言う。
何を書けば、大きく外れないんだろう…。
焦った私は、隙をみては周りの子に片っ端から聞いて回った。
やきゅうせんしゅ、かんごふさん、およめさん、ケーキやさん。
とりあえず、何か書いとけばいいんじゃないか、
と、誰かが教えてくれたので、その中から選ぶことにした。
結構たくさんの子が、「わかんないから、およめさんでいいや」
と言って、さらさらと書いて出していたものの、
およめさんは、なんかちょっと違うなと思った。
野球は知らないし、生クリームは好きじゃないし、
で、「かんごふさん」と書いて出した。
後日それが冊子になって、○○ちゃんのなりたいもの、
を公表されることになってしまった。
「え、あんなにみんないい加減に書いたものを、
きれいに冊子にされて出されても、
おもしろくもなんともないのに…。」
幼稚園は、意味のわからないことが多かった。
家に帰って、「かんごふさん」を見た家人が
へ~と感心した後、質問してくる。
「かんごふさんって何するか知ってる?」
「血が流れてるのを見るやで。」
…適当に書いたんだから、そう言われても困る。
ちゃんと選ぶ準備もなく、時間もなく、
急に提出させられたものを、黙って公表されただけ、
と、今なら説明できるけど。
それ以降、将来なりたいものを急に聞かれた時のために、
その時に一番と言えるものを用意しておこうと思った。
とりあえず書いてしまった看護婦でしばらくは乗り切って、
その後は「宇宙飛行士」「秘書」
幼稚園以降も、時々聞かれたり、書かされることがあったので、
想定して用意しておいて、正解だった。
それなのに、だんだん将来なりたいものを聞かれることもなくなった。
でも、癖だけは抜けず、いろいろ知らない職業を知ると、
どんな仕事だろう、自分に出来るのか?と考えるようになっていた。
何か新しいことを始めるときは、
つい、これで食べていけるか?、と考えたりして。
でも、ちょっと最近、考えが変わってきた。
食べていけなくても、これしてみたいと思うことを、
してみてもいいんじゃないかな、と思い始めた。
プールに行ってパシャパシャ泳いでみたら楽しかったし、
全く知らない内容のワークショップもおもしろかった。
アラビア語も勉強してみたい。
今まで会う機会のなかった人々と出会って話したのもおもしろかった。
どんな毎日を送っていて、何が仕事になっていくのか。
職業を知る、だけではない話。
もしかすると、仕事は多くから選ぶのではなくて、
これはしたくない、というのを一つ一つはがしていくと、
最後に残るものなのかもしれない、という気もしてきた。
2017/05/21
アラビア語
急にきた。
これは面白そう。
とある方のFacebookで、とあるパレスチナの歌手という方の動画を見て、
その途中に歌われていた言葉が、あまりにも耳に心地よい。
たぶん英語ではないし、聞いたこともないと思って調べてみたら、
アラビア語だった。
カバーの曲だったが、原曲にはもちろんアラビア語の部分はなく、
オリジナルで付けくわえられたのだろう。
すごく自然に溶け込んでいる。
それだけでなく、すごく滑らかで耳に気持ちよく残る。
こんな言葉が世の中にあったのか。
しかも日本で、授業料無料のアラビア語学校がある、
という情報を見つけてしまった。
夜間のみのコースもある。
先生は日本語を話せないらしい。
同じクラスの人同士で協力して習得していくしかない。
入学試験はないが、学期ごとの試験に合格しないと次へ進めない。
ちらほらと見えたところだけでも…すごいおもしろそう。
アラビア語を習いに来る人って、どんな人たちなんだろう。
このままアラビア語熱が冷めないか、ちょっと時間を置いてみようと思う。
これは面白そう。
とある方のFacebookで、とあるパレスチナの歌手という方の動画を見て、
その途中に歌われていた言葉が、あまりにも耳に心地よい。
たぶん英語ではないし、聞いたこともないと思って調べてみたら、
アラビア語だった。
カバーの曲だったが、原曲にはもちろんアラビア語の部分はなく、
オリジナルで付けくわえられたのだろう。
すごく自然に溶け込んでいる。
それだけでなく、すごく滑らかで耳に気持ちよく残る。
こんな言葉が世の中にあったのか。
しかも日本で、授業料無料のアラビア語学校がある、
という情報を見つけてしまった。
夜間のみのコースもある。
先生は日本語を話せないらしい。
同じクラスの人同士で協力して習得していくしかない。
入学試験はないが、学期ごとの試験に合格しないと次へ進めない。
ちらほらと見えたところだけでも…すごいおもしろそう。
アラビア語を習いに来る人って、どんな人たちなんだろう。
このままアラビア語熱が冷めないか、ちょっと時間を置いてみようと思う。
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