2017/01/26

2008.12月のIPS研修メモ①

2008年12月3日~7日に、久留米であった『IPS(意図的なピアサポート)5日間研修』に参加した時のメモを発見しました。
改めて読んでみたらおもしろかったので、紹介してみます。
この時のファシリテーターは、シェリーさんとクリスさんでした。
この5日間が衝撃的で、後々に大きく響いたな~と思います。

〇IPS研修メモ~1日目午前~

【自己紹介】
シェリーさん…薬が減る。クライシスでもサポートできる。関係ができていると、突っ込んでも大丈夫。

クリスさん…専門職だった→入院。必要なのは、給料をもらっている職員ではない。強制治療ダメージ大。その代りに何が有効(ピアサポートは有効)か、何をやりたいかを、この研修で伝える。



5日間の研修で、全部詰め込まなくていい。

みんなで練習してみる=大事

ピアの関係を使って前進

「Discomfort Agreement」何と訳す?

→リスクをとるため、不安に思ってもいい合意

不安な気持ちを感じながらも、ここに居られる。自分で学べる殻を破れるために何をしてもらいたいか?



・自分を労わること。ボタンを押された場合も。

・分からないことがあったら質問してください。

・「これ以上言わないで」「やらないで」ということは、はっきり言ってください!!



ピアサポートは、

・新しい見方。新しい考え方を作っていく

・みんなで学び作っていくことに焦点が当たっている



◇背中を押してくれ、やってみて学びに繋がったことは?  ⇒5分間考えてみる

例シェリーさん判断されたりする恐れがなく、信頼している関係

どんな質? どんな関係?



みんなで5日間で作り上げていく。「教える」ではない。



信じてくれている

相手の問題を探しにきていると、問題に焦点をあてた会話になってしまう

援助されている、助けられている=こう、役に立たなかった・・とか



学び、お互いに新しいことを作り上げることができる

やればできる!! →援助とは全く違う

“助けてあげること”は、助けている方が気持ちよく感じる

音楽 “ソロ”と“バンド” バンドに似ている



「援助と学ぶ、どう違うか?」

援助=○→○ 一方通行 閉じ込められてしまう

学ぶ=影響しあう、お互いに力がある、勇気をもって挑戦しあう



いつでも何か受け取っている側 → 人に提供できるものがある を忘れてしまう

                   (価値が与えられる)

「友人とどう違う?」

友人=アドバイスをあげあう、楽しい時間を過ごす

ピアサポートをやっていて、友人関係になる、それもあり



「カウンセリングとどう違う?」 ・・・医療モデル、アセスメント

深く話を聴く → ピアサポートに繋がることもある



ピアサポート、何をするためにその場にいる?

→つながりを保つ、お互いの力を出す



ピア=同じ経験を持つだけでなく、何か ←この「何か」はなんだろう?

何があるとピア?

お互いに理解していく

同じ経験を持つ=聴かなくてもわかってしまっている、と思ってしまう、不利な面もある


(午後に続く…)

2016/12/08

インタビューセッションに参加しました。

先日、尹雄大さんのインタビューセッションというのに参加した。

終わってからしばらく、というか数日は、
燃えたぎる何かがあって舞い上がっていた。
こういう感覚は久しぶりのこと。
楽しかった。
その感じを文字に残しておきたいのだけど、これまた難しい。

聞かれたいことを事前に伝えていたものの、
その日に話したくなったことから話始めて、
つらつらと、会話に任せて話していくのが心地良かった。
もともと細かく根掘り葉掘り聞かれるのは好きじゃないのに、
それはどうして?と聞かれたり、
何か質問されると嬉しい感じもした。
普段は話題に出すのもはばかられる内容だったのに。

中でも驚いたことが2つ。
興味本位にしていないか心配と話した時に、
え、興味があってどうしていけないの?と返されたことと、
やりたいのかどうか分からないと話した時に、
やりたいと言っているようにしか聞こえない、と言われたこと。
正面から水をかけられたみたいに驚いた。
けど、それが驚くほど気持ち良かった。

私には霧がかかって見える事を話しているのに、
聞いている方は、はっきりと見えるものがあるようで。

全部で1時間も話していなかったと思う。
それなのに、こういう話ができたらなと思うことが全部話せた。
長年疑問に思っていたこととか、
すごく腹がっ立った経験とか、
どうにかしたいけどどうにもならないと思う話とか。

その日に初めて会って、初めて話すことばかりで、
すべて詳しい説明をしたわけでもないのに、
ああ、たくさん話せたという感覚が残っている。

そして、驚くことに、意見されたという感覚もないまま、
こう思ったとか、こんなことがあったという話を返してもらい、
それらがすんなり自分の耳に届いて、
今まで自分だけで考えていただけでは見えなかった、
新しい視点も見えてきたように思う。

いつもだと、大事にしていることなんだから気安く意見されたくないんだよ、
と思ってしまい、相手の話が耳に入らなくなることも多い。

普段会話をしていて、もうこれ以上話したくなくないと思う時や、
話したことに対して返されると、私のことにとやかく口出ししないでよ
と思うことも多いような気がするのだけど、
何が違ったんだろうな。

なんだろう。

なんで?というのはわからないけど、
とても楽しい時間でした。
私もそんな風にいろんな人と話せたらいいな。
会話が楽しいだろうな。

2016/11/30

人の力を借りる

もうどうしようもない、と思った時。
一生懸命何かをしている人の、作る作品、歌、話に触れると、
知らないうちに涙が出てて、びっくりする。
びっくりした。

やっぱり私、悲しかったんだと気が付いた。
で、悲しいことがあったときは、落ち込んでもいいじゃないか、
と思った。

そして、とことん悲しさを感じてみたらいいのかもしれない、と思った。

けど怖くてできない。
帰って来られるのかな。

でも、それって、どこからどこに帰ってくるんだろう?
そもそも帰ってこなくてもいいのかも?
そもそも、どこにも行かないのかも?

…グルグルする。

こういう時は、終着点なく、頭にチラついたことを、
そういう話を聞いてくれそうな人に、
手あたり次第話してみるのがいいのかもしれない。

と思った。

2016/11/02

『出会う』ということ

今日はとても曖昧なことを書きたくなった。

出会いって、実際に顔を合わせた回数でも、
日数でも、時間でもないのかもしれないと思った。

たった1度の対面で、ずっと昔から知っているような気がすることもあるし、
とても強力な生きる力を、お互いにもらうあうこともある。
一度も顔を合わせたことがなくても出会うこともあると思う。

出会うって、一体なんなんだろうな。

何度も顔を合わせていても、まだ出会ってないこともあるし、
また、長く付き合っていくうちに育つ出会いもある。
こういうのを“縁がある”、ともいうのだろうか。

明日は、ほんの小さな偶然の出会いから、
ご縁がご縁を呼んだ集まりがある。
とある友人を偲ぶ会。

ずっといつまでも、こんなことがあったけどどう思う?
と、時々でも会って話をしていきたかった人。
くだらない話もたくさんしたからな~。
あ、この話したら、笑い転げるに違いない、てなこととか、
会話ができないのは、すごく残念だけど、
こんな時に、あの人ならなんていうかな?
きっとこう言うだろうな、というのを自問自答して、
これからも出会っていきたいな、と思う。

くだらない話、と、出会う、っていうのは繋がってるような気もする。

2016/10/16

親しすぎないこと

1人でどこかに出かける、というのが、すごく好き。
何とも言えない解放感がある。

今日は、世田谷美術館に、若松英輔さんという人の話を聞きに行ってきた。
無料、というで、整理券を目指して早めに出発。
大きな桜の木がたくさんある砧公園の中を通って。
東側は空いていたのに、美術館の辺りはとても人が多かった。

志村ふくみさんという方の織物の展示がされていて、
若松さんのお話は、その一端の講演ということ。

結局、誰かの話が聞きたくなり、誰かのしてきた仕事を見たくなり、
“人”に会いにいくのだけど、1人がいい。

もっと正確に言うと、一緒にいても一人でいるときのような解放感がある。
顔見知りになっても親しすぎずに付き合える。
友だちって、そういう人がいいな、と思う。

いや、そういう人に会うと、あえて友だちって言いたくなるのかな、と思った。

2016/09/04

お墓参りは朝早く

あの世でも仕事があって忙しいらしい。
毎日働かなければならないのだけど、
誰かがお墓参りに来てくれた日は、休むことが出来る。
その日のお参りが遅い時間になると、休む時間が減ってしまう。
だからお参りは、朝早く行った方がいい。
早く行かないとムスッとされるよ。

と小さい頃に、父がよく話していた。
どうも、父に常々こういう話をして、
「わしが死んだら頼むよ」と言っていたおじさんがいたらしい。

そんなわけで、お墓参りというと、
必ず早起きしてでかけることになっていた。

お墓までは実際にいけなくても、
手を止めてお参りをすれば、もしかすると1日休めるのかもしれない、
と思ったりもする。

親しい友人が息をひきとったと数日前に知った。
出会ってから8年。
8年かぁ。

遠方に住んでいたけど、スカイプでしょっちゅう話をしたり、
数か月~半年に1回くらいは顔を合わせて、
お互いに、こんなことがあって、こんな感じだった、
今はこんなことに興味がある、次はこんなことをしてみたいと、
いつも延々と話が尽きなかった。

ここ1年は体調を崩して、それまでのように頻繁に話すことはできなくなったけど、
会うと、いつも通りで、話は尽きなかった。
声が聴けないのは、やっぱりちょっと…寂しいな。

でも、そんなに寂しくない。
ここ数日、その友人のことで、たくさんの人とメールをしたり話をした。
こんなにたくさんの人々が私の周りにいたんだと気がついた。
その友人のことを話せる人がたくさんいる。
こんなにありがたいことはないな、と思う。

でもやっぱり、ふとした時にちょっと寂しいけど。。。

出会いは別れの始まり、と、よく聞く。
別れはつらい。
じゃあ、出会わない方がよかった?と自分に問いかけたりして。

考えてみたりして。

ううーん。
……。

やっぱり。
出会えてよかったな、と、心から思う。

2016/08/26

20年前には信じられなかったこと。

年を重ねる。
って、なるほどな~と思うことが増えるな、と思う。

この夏、見事に夏風邪をひいてしまい、
かれこれ3週間経つが、まだちょっと残ってる感じがするな~。

って思って、ハッとした。

20代前半の頃、職場の40代の先輩が、
「風邪がなかなか治らないのよ。もう1か月近く続いてる。」
と言っているのを聞いて、とても驚いた記憶がある。
風邪なんて1週間もあれば、スッキリ治るに決まっている、
1か月も風邪をひき続けるって、よっぽど体が弱いのか、
と、その時は思ったんだった。

ところが。
40代に突入した今、あああ、なるほど~と思う。

ちなみに、職場の60代の先輩に、風邪がなかなか治らないと話したら、
「大丈夫、50代になれば、風邪をひく前に、ひくってわかるようになるから」と。
とても心強いお言葉をいただいた。

年の功ってすばらしい!と言うしかない。

20年前には緊張してできなかったことも、今は、そんなに緊張せずにできたり、
難しい…と思ってたことが、意外にそうでもないと思ったり。

まだまだ苦手なことはたくさんあるけど、
少しずつ、難なくできることが増えてきた気もする。

楽になってくるなんて、20年前には全く想像できなかったし、
そういわれても、まったくピンと来なかった。
年を重ねれば実感できるようになる、とも、思わなかった。

年下の人と話すのは、ずっと苦手だったけど、
今となっては、自分よりかなり若い人と話をするのが、とても楽しい。
変われば変わるもんだ。

これからどうなっていくか、って、ほんと未知。