2013/12/08

矢が花にかわる に参加してみて。

目の前がすっきりした感じがある。
あんなにイライラすることが多かったのに、
何があっても自分がイライラしそうな感じもしないし、
イライラしても一瞬で忘れてしまえそうな感じがする。

という感覚も徐々に忘れていくとは思いますが。

東京での5日間も、盛岡での半日も、
今までにない感覚を味わえた経験だった。

これは本当にお勧めな研修なのだけど、
いったい何が起こっていたのか、
何がお勧めなのか、
うまく伝えられないのが、もどかしい。

今確信をもって思っていることは、

「痛み」は知るより感じる方が体に優しい
ということ、

「痛み」が自分のものか他人のものかって区別できないもんなんだな〜
ということ、

「痛み」を感じると悲しいけど悲しみ以上の温かさを感じることもできる
ということ。

「苦しみ」をこれ以上生み出さない「間」を努力すれば自分で造り出せる
ということ。

「苦しみ」を造り出してしまっても、それに気が付いたら謝ればいい
ということ。

それと、それと。

それと。

盛岡の冷麺はおいしいし、わんこそばは楽しい

ということ。


ざっくり感想を言うと。
この10日間、めちゃくちゃ楽しかったです。

2013/11/24

IPS(意図的なピアサポート)鹿児島での3日間の感想

1日目は、ドラムセッション。
悲しい、平安、怒りなどの自分の感情を、
みんなで一斉に、太鼓をたたくことで表現したり、
2人組になって、外の自分と内の自分を、お互いに音で表現して伝えあう、
ということをした。

たとえば、「悲しい」って感情を、何分も感じながら、
ずっとたたき続けるのは、すごく難しかった。
怒りもそう。
たとえ、怒りを感じても、その怒りを何分も何時間も、
感じ続けるのは難しいもんなんだなというのを、実感した。

あと、内の自分と、外の自分を音で伝えあっているうちに、
最初は、内の自分と外の自分を、はっきりと区別して、
音で表現してたはずなのに、だんだん音での会話を続けてくと、
内だか、外だか、わからなくなってくる感覚が面白かった。

2日目、3日目は、いろんな場面での会話で、
その時に、自分が瞬時にどう感じているか、
というとこに、意識を向けることを、何度も試した。

ドラムセッションでは、人の音を聞くより、
音楽にまつわる過去の人々との楽しくなかった会話が、
ぐるぐると頭の中でよみがえってきたり、
社会のひずみの話が出たときには、
やっぱり以前の職場でのことをいろいろと思いだして、イライラしたり、
「今」の音や会話に集中できないなと思う時間もあった。

そういうことも、ああ、自分は今、そういうことを感じているんだな、
と思ってみることを心がけてみる、ということも試せた。
自分がザワザワした時は、無理にしゃべらなくてよくて、
黙っていてもいいと思えるのが、すごく居心地がよかった。
ゆったりした時間を過ごせたように思う。

ザワザワした時は、言葉の矢を放たれたと感じることが、
すごく増えるものなんだな~ってことも思った。
普段は、イラッとしたときに、ばばばばと話をしてしまうことが、
圧倒的に多いのだけど。
それって、もったいない会話をしてたな~と思った。
その時の気持ちを口にすると、かえって怒りは消えにくくなる。
自分の怒りの言葉が、またさらに、自分の怒りに火をつけることもあるし、
怒りの言葉に怒りの返事が返ってきて、新たな怒りを生む時もある。

会話なので、お互いさまってことで、
いろんな会話を試してみられる機会になってて、
「そういう時って、こういうこと言っちゃいますよね~」
って、大爆笑しながら練習できたのもおもしろかった。

3日間があっという間だった。

2013/10/31

40年近く病院で暮らすって?

20歳の時に、すごく驚いたことがあった。
当時、私は大学2年生だった。
夏休みになり、いつものごとく福井県小浜市の実家に帰省した。
兄や姉は、実家を出ていたので、家には両親だけがいるはずだった。

だけど、なんだか、家の様子がいつもと違った。

その日帰ると、今まで会ったことのない、おばあさんが家の中にいた。
お客さんが多くくる家ではなかったので驚いた。
母親とそっくりだったので、親戚かもしれないな、と思った。

ふんわりした優しい口調で、「こんにちは」と言われたので、
私もつられて、「こんにちは」と返した。
そして、キティーちゃんのハンカチをくれた。
玄関に『里枝』とマジックで大きく書かれた、
小学校で履くような上履きが置いてあったので、
そのおばあさんは、里枝さんというんだな、と思った。

母は、いつもより、ピリピリしていた。
父が何気なくいつものように言った冗談に、
「お姉さんの悪口、言わんといてな」と母は怒っていた。
今まで誰にも言えなかったことを、父にぶつけているようだった。

両親は、その里枝さんについては何も言わないまま、一晩過ごした。
翌日になると、里枝さんは両親とどこかに出かけて行き、
里枝さんは、もううちには、帰ってこなかった。

帰ってきた母は、急に里枝さんのことを話始めた。

里枝さんは母の姉で、25歳くらいまでは小浜市内に住んでいて、
警察で事務の仕事をしていたらしかったこと。
25歳くらいの時に何かがあり、舞鶴の方にある病院に入院したこと。
ずっと病院にいたが、65歳近くなるので、
小浜市内の老人ホームに入れば、他の人に変に思われずに、
小浜に戻ることができるから、老人ホームの見学に行ってきた、ということ。

なんじゃそりゃ?と思った。
母に姉がいる、というのも、初めて聞いたことだった。

なんで、そんなに長く入院してる?優しそうな人やね?
と聞いたら、
母は首をかしげて、ちょっと考えて、
「20歳の子に、キティーちゃんのハンカチは、ちょっとずれとるんかな?」
と誰かに質問するように言い、さらにこんな話をしていた。

里枝さんが25歳の時のことを、みんなが覚えてるから、
なかなか小浜へ戻りにくく、「そういう姉」がいると知られると、
母自身が結婚できないかもしれないと周りの人に心配されたこと。
でも父は、里枝さんのことを知っていて、母と結婚したこと。
あんなに頭の良かった姉が、どうして病院に入ってしまって、
今、こういう状況になっているのか、理解できないような感じもあった。

小さいころから、口癖のように母がよく言っていた言葉
「そんなことすると、変やと思われるよ」
そう言っていた理由が、少しわかった気がした。

私の兄姉も、里枝さんと会ったことはないらしく、
里枝さんの話をしたこともないらしかった。
私の帰省と、里枝さんの帰省が重なったのは偶然で、
日程をずらそうかと思ったけど、なんとなく、
まあ大丈夫かな、と思った、と言っていた。

里枝さんは、40年近くも病院にいる必要があったのだろうか?

それからまもなく、里枝さんは、小浜市内の老人ホームに入り、
私はたまに帰省すると、父と老人ホームに一緒に面会に行った。
父は、すごく楽しそうに老人ホームに行っていた。
1週間に1回くらいのペースで、差し入れを持って行っていたらしかった。
里枝さんのために、何かしたいとずっと思っていたのが、ようやくできた、
という感じだったのかもしれない。

大学を卒業して、私は偶然、精神科のケースワーカーとして働くようになった。
そこで初めて、里枝さんが入院していたのは、精神科だったんだと思った。
そして、里枝さんと同じような人がたくさんいることを知った。
うちの家だけだと思っていたので、驚いた。
長い人では50年近く、精神科に入院している人もいた。
このようなことが、全国各地で起きているということも知って驚いた。
たくさんの人が不幸になっているように感じた。

何とかしたい、と思ったものの、あまりにも根が深いように思い愕然としたし、
結局何もできないのだろうかと思い転職したり諦めたりしてきた。
けど今は、自分でやれることだけ、やってみればいいか、と思う。

いろいろと、偶然知ってしまったことではあるけど、
少しでも、なにかできたらいいな、と思う。

2013/10/21

言葉になっていない感情を言葉にして縛る怖さ

人の話を聞いて、ああ自分もそう思うな、と思うことがある。
うんうん、自分もそう思うと、自分の気持ちの整理ができて、
新たな発見ができてスッキリする。

ふと、同じスッキリでも、自分の内から出てくる言葉を待たなくても、
一瞬はスッキリできる落とし穴があるように思った。

たとえば、言葉にならないたくさんの自分の感情がある時、
人から「あなたはこういうタイプの人だね」とか
「単なるわがままだね」とか
「それはこういうことで、こういう病名ですね」などと断定されたとすると、
わからないものが分かった気になって、
一瞬はスッキリした感覚が味わえるのかもしれない。

怖いのは、本当に自分の中から湧き出た言葉でなくても、
はっきり言われることで自分はこうだ、と
思うようになるのかもしれない。
それを自分で吟味しないでいるうちに何が起こるか。
自分の枠を自分で作っていくことになるのではないか。

やってもない犯罪の取り調べを受けるうちに、
自分が犯人だと錯覚を起こすように。

言葉にならない自分の感情の中に居続けるのは、
あまり気持ちのいいものではないのかもしれない。

自分の目の前にいる人が、言葉にならない感情のうずの中にいると、
こっちまで不安になって「それはこうだ」と言いたくなるのかもしれない。

人から言われたことが自分の中から出てくる言葉と同じこともある。
違うこともある。

自分が感じて出てくる言葉やら、自分の声を、
じっくり吟味できる時間って大切だなと思った。

あなたの感情はこうだ、あなたの気持ちはこうだと、
誰かが誰かを断定することも、されることなく、
誰もが自分のことを吟味できる。

WRAPクラスっていうのは、そういう空間だから、
終わった後に晴れやかな気持ちになるのかなと思った。

今回、福井でのWRAP2日間は、
進行するという役割を邪魔だと感じることもなく、
参加して輪の中に入っている感覚もずっとあって、
とても楽しかった。
ファシリテートをすることも楽しい、
これは、新しい発見だった。

昨日、福井からの帰り際に、福井駅で買った
八百比丘尼の椿がカギになっている、西村京太郎の本を読みながら、
今日は、つらつらと、そんなことを考えた。


2013/10/01

天国と地獄の違い

急に思い出した。

天国と地獄の違い、という話を、
たしか小学校の頃に、誰かから聞いた。

天国にも、地獄にも、同じように、おいしい食べ物はたくさんある。

天国にいる人は、みんなおなかいっぱいで、
みんなコロコロと太っている。
だけど、地獄にいる人は、みんなガリガリで、
いつもお腹をすかせている。

天国にも、地獄にも、同じ「おはし」がある。
その「おはし」は、すごく長ーいおはし。

地獄の人は、その長ーいおはしを使って、
自分で食べ物を食べようとするが、はしが長すぎて口に入らない。
おいしい食べ物があっても、誰もそれを食べることができない。

天国の人は、その長ーいおはしを使って、
他の人に食べ物を食べさせてあげた。
お腹が減った時も、誰かが食べさせてくれる。
なので、お腹が減っても何も心配はない。

天国と地獄の違いは、それだけのこと。


いつどこで聞いたかは、あんまり覚えてないけど、
なぜか、印象に残っている話。

毎月行っている勉強会に昨日も行っていた。
まさに、この天国だなと思った。

2013/09/23

最近のお気に入り

少し涼しくなって、ようやく体が目覚めてきた感覚。
今年の夏は暑かった~。
夏の疲れと、突然の職場の異動で疲れている時に、
なんとなく入った本屋で、なんとなく手に取った本。

「心が冴えわたる論語」

孔子が言ったことをまとめたのが、論語なんだ~。
かつて学校で習ったような気もするけど、すっかり覚えてない!
字も少なめだったので、あっと言う間に読めた。
しかも、なんと爽快な気分!

孔子という人は、人間関係や、一つ一つのことを、
すごく丁寧に考えて生きてきた人なんだな~と思った。

その中から、今の私にすごく響いたのを一つご紹介します。


辞は達するのみ~言葉は意味を伝えることが大切~

たくさんの言葉を費やせば、それだけ気持ちが通じるでしょうか?
ほとんどの人が、違う、と答えるはずです。
それでも私たちは、たくさんの言葉を重ねてしまいます。
まるで、言葉をたくさん積めば、
相手の心の壁を越えることができるかのように。

ところが、言葉は増えれば増えるだけ、意味を失い、
飾りとなり、大切なものを隠してしまいます。
言葉は本当に伝えたいことを伝えるためだけに。
多すぎず、少なすぎず。
それに気をつければ、気持ちはすっと伝わります。

『心が冴えわたる論語』 リベラル社 より抜粋


疲れている時は、言葉の多さに圧倒される。
本屋で、本の表紙の文字を見るだけでも疲れを感じる時もある。
そんな時は、私はどうして言葉や字が苦手なんだろう・・・
と思ってしまいがちなのだけど、
この文章を読んで、スッーっとした感覚があった。


あっ!
本の中に、知ったことはすぐに伝えたくなるけど、
その本質を考えて、しっかり・・・してから・・・伝えるといい、
って書いてあった。たぶん。
えええ~っと。
何をしてから伝えるんだっけ? 忘れた。

もう1回読むか。

2013/09/15

占い

新島出身の元同僚のおかげで、
数名で昨日から新島に行くはずだった。
だけど、台風がちょうど来てしまい、昨晩は残念飲み会、
今日は、せっかくなのでと、大江戸温泉に行ってきた。

温泉は広くて、中にいろんなお店もあって、占いもあり、
占いをしてみよう!、という話で盛り上がり始めた。
どうしようかなと思った。
どうせ適当なことを言われるだけなんだろうし、
それにお金を払うのはもったいないかな・・・と思った。

というのも。

母が小さい時から行っていたという神社での占いに凝っていて、
私も、兄や姉も、小さい頃から何かの節目には、
京都の神社まで占いをしてもらいに行っていた。
母は、一応聞いておくと安心できるらしかった。
名前と生年月日を伝えるだけで占ってくれる。
もちろんお金もかかる。
小さい頃のことは、覚えていないけど、一つ記憶にあるのは、
高校3年生になって、来年には実家を離れるという頃に、
占ってもらった時の事。

兄や姉は、東が良い、とか、西の方がよいとか、
具体的に言われたというのを聞いていたので、
そんなの当たるわけない、と思いながらも、
どっちの方角が自分に向いてると言われるんだろうと、ちょっと期待していた。
そしたら、結果は、
「あなたは、どの方角に行っても大丈夫。どこの水にも合います。」って。
拍子抜けした。

言ってた神主も、母親もなぜか大笑い。
お金払って笑われるって、なんだか失礼極まりない。

それ以降、私がどこに行きたいと言っても、
いいよいいよ、と、母は、何も心配してない様子だった。
そんなこんなで、占いとはいい加減なもんだな、と思ってきた。
ただ、母親が心配のあまり、私のしたいことにストップをかける、
ってことが全くなくなったのは、ありがたいことではあった。


そんな思い出話をしながら、結局占いをしに行くことになり、
私が1番に占ってもらうことになった。
特別セールで、生まれた日と時間での全体運に加えて、
手相も一緒に占ってもらえるってことで、
手を出した瞬間に言われたのが、
「あなたは、どこでもやっていけますね。」
隣で聞いていた友達は・・・大笑い。

そして、財運線がないらしい。
それは、ああ、やっぱりね、という感じだった。
お金には困らないけど、入った分だけ出ていってしまうだけですよ、
と言われた。

結局30分くらい、いろいろなことを話をしてくれて、
これが意外に面白かった。
さらに知ってる人が占ってもらってるのを聞くのは、
好き勝手にちゃちゃを入れられるので、もっとおもしろかった。
そして、18時になると、他の占い師に交代になるという話も、
おお、占い師もローテーションなのねと、親近感が湧いた。

本当に生まれた日で決まった運命ってものがあるのか、
手の出し方とか仕草とかで見極めているのか、
占いってのは、根拠があるかないかわからないけど、
ああ、時期が悪かったのね、と、妙に納得したこともあり、
へ~と思うこともあり。

自分の納得のいかない結果を言われた友達は、
他の人にも占ってもらいに行きたい、と言っていた。
占いはしてもらうものの、自分がこうしたいと思う答えは、
やっぱり、もう、自分の手のうちにあるんだな、
と、まあ、そんなもんだよな思った。